名作よ永遠に

原雷火

エンディング

興奮と感動で画面を見られない。涙の滝だ。


今まで生きてきた意味が、このゲームにはあった。


俺はこれをプレイするために生まれてきたんだ。


画面にはスタッフロールとともに、今までの冒険のシーンが流れていく。


ああ、ここでヒロインの彼女と出会ったんだよな。


最初はケンカばかりしていたっけ。


世界の果てまで旅をして、目の前の巨大な壁を乗り越えた先に……世界がまだ広く続いていたと知った時には、本当に感動した。


わくわくしたよなぁ。


そこから冒険は続き、仲間との出会いと別れを繰り返し、壁ができた本当の理由や、世界が危機に瀕していることを知って……。


絶望に打ちひしがれながらも、ヒロインの彼女を助けるために立ち上がったんだ。


復活する巨悪と迫る世界消滅までのタイムリミット。


俺は走り続けた。仲間とともに……。


ああ、終わる。終わっちまう!


なんでこの世界が永遠に続かないんだ。なんで終わっちまうんだよ!


もっと遊んでいたかった。この物語の続きを楽しませてくれ!


続編なんて待っていられない。


最新機種の美麗ながらも、温かみのあるグラフィックも最高だ。


音楽だってオーケストラと電子音楽の融合がかっこよすぎる。


ボイスも最初は違和感があったけど、今じゃこの声が無いなんて考えられない。


記憶を消してもう一度、プレイしたい!


スタッフロールが流れきり、最後にFinの文字が出た。


終わったんだ。残念ながらこのゲームにはやりこみ要素がほとんどない。


ストーリーも基本は一本道だ。ダンジョンは凝っているし、スキル取得の仕方によってボスの攻略法ががらりと変わったりはするけど。


プレイ時間は60時間ほど。クリアまで三日間、ほぼ不眠不休だった。


達成感とほどよい疲労感が心地よい。


ああ、けど、もう終わりなんだな。


ぼんやり画面を見つめていると……不意に変な表示が現れた。


『記憶データを消してもう一度最初からやり直しますか? YES/NO ※この判断は一度しか選択できません 99……98……97……96……』


突然、切っ先を突きつけられたような気がして、呼吸が止まりそうになった。


データってのはセーブデータか? エンディングだって何十回と見たいと思う最高の出来だから、ラストセーブデータはとっておきたいんだけど。


もし本当に記憶を消してもう一度遊べるなら……。


振るえる指で、俺は『YES』と入力した。



最高のゲームだった。


エンディングにたどり着いた時、人生を悟ったような気がした……なんていうのは言い過ぎか。


俺は涙でぼやけたスタッフロールを見つめながら、これまでの冒険の余韻に浸っている。


いつまでもこの世界にいたい。なのに、このスタッフロールが終わる時、物語にも終止符が打たれてしまう。


さすがに昔みたいに、三日間ぶっ通しでゲームなんてできなくなった。


クリアまで50時間。一日に三時間くらいずつ遊んで、土日はがっつりプレイして二週間とちょっと。本当に充実した二週間だった。


こんなにも毎日わくわくしていられた二週間なんて、一生に一度かもしれない。


大学の連中は俺を変人扱いだ。


なんでも、同じゲームを何度も勧めてくるおかしな奴……だそうだ。


おかしいな。まあ、これだけおもしろいから何度か勧めたけど、そこまで嫌そうな顔をしなくたっていいじゃないか。


だいたい、最近のゲームなんて携帯機ばっかりで、映像だって荒いしストーリーもはっきり言って陳腐だ。


パーティーゲームの延長線上で、あいつらは本当のゲームを遊んだことがないんじゃないかと思う。


はぁ……そういえば、最近はどのゲームもみんな携帯機に合わせてスケールダウンしてるよな。


これが最後の本物のゲームなのかもしれない。


なのに、スタッフロールが終わってほしくなかった。


もう一度、記憶喪失にでもなって一から遊びたい。


なのに……。


画面にはFinの文字が取り残される。


明日から何を楽しみに生きればいいんだ……と、嘆きたくなった瞬間――。


『記憶データを消してもう一度最初からやり直しますか? YES/NO ※この判断は一度しか選択できません 99……98……97……96……』


こ、これってどういうことだ?


カウントダウンタイマーがどんどん進んでいく。


『94……93……92……91……90……89……』


もし記憶を失って、もう一度遊べたらどれだけいいか。


最近のゲームには正直興味も持てないし。


俺はダメ元で『YES』を選択した。



ああ、良いゲームだったな。


まだ息子には早いが、ゲームができるようになったら遊ばせてあげたい。


涙が止まらない。主人公のまっすぐさや、時々やらかしてしまう危なっかしさを周囲の大人たちが、あんなにも応援しているのをみていると、自分が本当に大人なのかと恥ずかしくなる。


少年に世界の命運を託すしかなかった大人たちの気持ちが、痛いほど伝わってきた。


とても子供向けのゲームじゃない。大人にこそプレイしてほしいと思う。


最近ではすっかりゲーム専用機というものがなくなってしまった。


名作には違い無いんだが、スマートフォンのゲームよりも汚いゲーム画面だし、解像度も低い。


音楽のセンスや声優の熱い演技は、全然通用するレベルなのにグラフィックが足を引っ張ってしまっている。


誰かに勧めたくても、会社の同僚や後輩たちがやるゲームはスマフォのそれだし、ああ……なんで最近のゲームはどれもこれも課金課金なんだか。


スタッフロールが終わりを迎えようとしていた。


そろそろゲームは卒業かもしれない。テレビの前に座って、しっかりゲームをプレイする時間だって一日一時間くらいしかとれない。


彼女は「本当に好きね」と、俺がゲームをしているとあきれ顔だ。


よくこんな俺と一緒になってくれたと思う。


これからは子供の成長もあるし、住宅ローンのことだって……。


けど……。


もう一度、記憶を無くして遊んでみたい。


たとえ古いグラフィックスと言われようと、このゲームの雰囲気が好きなんだ。


スタッフロールの最後にFinの文字が浮かぶ。


『記憶データを消してもう一度最初からやり直しますか? YES/NO ※この判断は一度しか選択できません 99……98……97……96……』


目を疑った。


なんだこのメッセージは。この判断は一度しか選択できません……か。


カウントが進む。


残り10……9……8……7……。


もう十分に楽しませてもらったよな。


5……4……3……2……1……。


『YES』


他に俺を本気で熱中させてくれるゲームが無いのがいけないんだ。



息子は成人したらしい。


俺は安アパートの一室で孤独にゲームをしていた。


このゲームをしていれば、嫌なことはすべて忘れられる。


あの人に離婚をつきつけられた原因が、未だに俺にはわからない。


ただ、俺が「わからない」と言えば言うほど、彼女は悲しそうな顔をした。


結局折り合いは付かず、親権を彼女に譲り、俺は息子と彼女の人生からフェードアウトした。


離婚がきっかけで会社での風当たりが強くなり、閑職に回されて気付けば人生も折り返しだ。


こんな年になっても、俺はゲームをしている。


最高のゲームだ。人生のどん底にあっても、主人公は諦めず前を向き立ち上がる。


そんな姿がまぶしすぎて直視できないくらいだった。


最近はゲーム機本体を斜めに立てかけるようにしてプレイしている。


調子が悪くなりっぱなしで、秋葉原のレトロゲーム専門店に行くこともあった。


そう何度も足を運んだことはないのに、店員はまるで顔なじみのように親切にしてくれた。


しかし、行っただけで「修理ですね?」って、あの店の店員は超能力者かなにかか?


おっさん……いや、じじい一歩手前のゲーマーが珍しいのかもしれない。


そもそもゲーム機の修理依頼が増えているようだ。


買い換えたくても、ゲーム機のタマがないらしい。


ゲーム機というものはすっかり滅んでしまった。


VRヘッドマウントディスプレイにクラウドコンピューティングで、ゲームの世界に入りこんで遊べるなんて言われてもな……。


コントローラーを握って遊ぶのがいいんだよ。


スタッフロールが終わりかけている。


このゲームが終わったら、明日から何をすればいいだろう。


何を楽しみに生きればいいんだろう。


古い液晶テレビの画面にFinの文字が浮かぶ。


老眼鏡をつけていても文字がぼやけて見えた。


泣いているんだ……俺は。


悲しいんだ。このゲームが終わることが。


明日からは絶望しか残されていない。


『記憶データを消してもう一度最初からやり直しますか? YES/NO ※この判断は一度しか選択できません 99……98……97……96……』


それはまるで、救いの言葉のようだった。


『YES』


もし本当にもう一度、記憶を消してこのゲームを遊べるなら、俺はまだ生きていける。



息子が施設に孫を連れてやってきた。


離れて暮らしていたのに、家族だとわかった。


おじいちゃんか。俺はおじいちゃんだ。


テレビは壊れて、今は古いVRの機械になんとかつなげてもらっている。


調整で老眼鏡がなくても、くっきり見えるからすごくいい。


ゲーム機は壊れた。アーカイブとかいうので、遊べるようにしてもらった。


時々、なんでこのゲームをしてるかわからない。


けど、おもしろい。こういう昔のゲームが、見直されている。


リメイクされたので、新しくなったのをやれば? と、言われたけど、俺はこっちが良いんだ。


施設の人はみんな親切で、俺は手が掛からない方らしい。


大人しいし、ゲームばかりしてる。


ほかの人と交流をあまりしないのが、ちょっと心配なんだとさ。


けど、良い子だから褒めてもらえる。嬉しいな。


このゲームの主人公も、最初はみんなに認めてもらえないんだ。


ちょっと悲しい。


だけど仲間ができて、だんだん認めてもらえるようになって、大きく成長していく。


それを見守っているだけで、幸せな気持ちでいっぱいになった。


ああ、もう終わりだ。


スタッフロールが終わる。


Finの文字が出た。


ああ……ああ……そうか。終わりか。


コントローラーのボタンを押すくらいしかできない。


しばらく調子を崩して……ベッドの上から出られない。


そういえば、なんで息子は孫をつれてきたんだ?


急に……びっくりしたな今日は……。


いろんなことがありすぎた。


孫にあって、ゲームをクリアして……。


幸せな一日だった。


そろそろ眠ろうか……。


『記憶データを消してもう一度最初からやり直しますか? YES/NO ※この判断は一度しか選択できません 99……98……97……96……』


なんだか目がぼやけて字が読めない。VRの機械の調整がおかしくなったのかなぁ。


『10……9……8……7……6……5……4……3……2……1……0』


明日は久しぶりに、ベッドから起きて外の桜を見に行こう。

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名作よ永遠に 原雷火 @Hararaika

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