第9話

 右の頬が痛い。


 楓が必死の顔で愁を止めてる。


 愁の握りしめた拳と、よく聞こえないが罵声だろう、大きく開いた口、それらから彼が憤慨しているのがわかる。楓が抑えなければ俺は多分もう1度殴られるだろう。


 唯は呆然としている。動きがあるのは流れる涙の雫だけだ。



 本音を言えば、楓が止めているのが不思議なくらいだ。それくらいの事をしたのに。



 この前愁に言った言葉を思い出す。



「愁、大人しく吐いた方が楽だぞ。」



 場面は全然違う。でも、自分の心に刺さっているのだから。やはり自覚はあったのだろうな。



「今度は俺が唯に真実を吐く番かな、、、」



「うるせえよ!てめえその前に唯に何言ったのか分かってんのか!!」


「分かってるさ。」


「ふざけんな!!分かってるじゃねえんだよ!

 謝れよ!!その前に殴らせろ!!」







『てめえ、絶対許さねえからな!!』








 ありがとう。



 その言葉を待っていた。


 その言葉で俺はお前らの前から完全に消えられる。



「その言葉忘れるなよ。俺もお前ら、クソみたいなお前らを忘れねえから。」




 そしてここで歯を食いしばって涙が出ないように。




 これが最後だ。最後の演技も完璧に、




 こいつらをなるべく見下すようにして、



 まだだ。こらえろ。全てが台無しにならないために。



 鼻で笑え。



 やべえ。無理かも。



 そして、立ち去る。



 大丈夫かな。通り過ぎた時少し、、、いや、よそう、完璧だった。



 愁の怒号を背中に受けながら、俺は4人の日常と言う劇場のステージから降りた。

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