第7話

 少女は覚悟する。購買へ行く途中たまたま聞いてしまった会話。クラス、いや学年全員が思ってた。橘君と堀川さんが付き合ってるって。でも違った。この気持ちは諦めなくていい。


 橘君に想いを伝えてもいい。


 彼はすぐそこだ。どこへ行くかこっそり見てた。いつもの昼ご飯の場所とは逆の廊下で、新庄君が通り過ぎるのを待って、また、中庭に戻るとこ。ストーカーだろうが何でもいい!彼が好きだ。


 ベタだと言われようとなんだっていい。クラス替えの日から彼の周りが彼中心に輝いて見えて、彼を目で追うようになって、それで、良いところをたくさん知れて、それからずっと好きだった。

 清水 若菜は中庭への扉を開く。


 眩しさに目を細める。そして、見える。彼が、空を見上げ、春の風に包まれた彼が。


 扉の音に気が付き、彼がこちらを見る。彼はベンチに座ったまま笑って、手を振った。その仕草が爽やかでかっこよくて、余計に恥ずかしくなった。


「どうしたの、清水さん。友達呼んでここで食べるなら俺、どこうか。」


 気を使う彼は大人だと思う。こういうのはノロケなのだろうか。


「ううん。大丈夫。それより、橘君に用があったの。」


 彼は首をかしげた。よくわかっていないのだろう。



 ーー嫌になる。この子に悪気はない。行き先を見られていたことも、話を聞かれたことも、これから何を言うかも知ってる。知ってるから嫌になる。察してしまうのだ。様々な点から。


 だから愁と唯のことも気が付いた。嫌な事ばかり察してしまう。彼女、清水さんの期待には答えられない。俺自身、整理がついていないのに、そんな事を言われても無茶だ。


 だからーー




「ずっと、ずっと好きでした!」


 私がそう言うと、彼は少し驚いて、すぐ困った風に笑った。


「ごめんね。俺、今誰かと付き合う気はないんだ、君だからじゃない。誰とも付き合う気がないんだ。変な事で、断るから凄く申し訳ないんだけどごめんね。それしか言えない。」


「、、、知ってた。」


「え?」


「知ってたよ!その事は私知ってたから!付き合えるとも思ってなかったし、言い逃げする気だったから!!こっちこそごめんね!それじゃあ!!」


 知らなかった。

 そんな事知ってるわけないじゃん。


 付き合えると思ってた。

 だって、彼女がいないから。


 言い逃げする気はなかった。

 だって付き合えると思ったから。


 扉を開け廊下を走る。誰かいた気がしたが、気にする気はなかった。


 悔しい、悲しい私の長い片思いが終を告げようとしていた。








 若菜が走り去った中庭に一人取り残された男は呟く。



「、、、知ってたなら泣かないでくれよ。クズにクズって思わせないでくれよ。俺も泣きてーよ。」


 彼の頬を、液体が流れた。








 それを見た、扉にもたれかかった少女は呟く。


「、、、お前は全部自分で抱え込みすぎなんだよ。泣くくらいなら私を頼ってくれよ。私にだけ、見せろよ。かっこ悪いとこも受け止めるから。」


 少女は拳を強く、強く握った。そして、彼が落ち着くのを一人静かに待った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る