第5話


「なあ愁、お前唯のこと好きだろ」



 親友に言われた一言。何故だろう。流しては、誤魔化してはいけない、そう直感した。

 春の心地よい風が吹く。しかし、空気の重さで心地よさを感じさせない。


 人生は何が起こるか分からないなんて、どこのどいつが言ったか知らない。けどその通りだ。


 今、俺が何と答えるかによって、俺の。いや、俺達の人生が全く違うものになる。


 ーーーでも、こいつの真剣な眼差しから目を背けたくない。嘘をつきたくない。



 ー十五分前ー


「だあー!終わったー」


「開口一番がそれかい!でも残念ながら終わったのは午前中の授業だ。まだ授業はあるぞ。ざまあみろ」


 愛輝昼食の準備をしながら、机に突っ伏す愁に後ろの席から、ニヤニヤしながら現実を突きつける。


「分かってるって!愛輝、お前いつからそんなに勉強大好きちゃんになったんだよ」


 愁はぼやく。今に始まったことではないが、こういうぼやきになると、結構めんどくさい。愛輝はため息をつく。

 唯がボソリとセ〇ム召喚とか言ったのは誰にも聞こえてない。


 楓(〇コムが、例の如くやって来る。


「うるせえよ!バカ!勉強好きなやついるわきゃねえだろ!シュウマイにするぞバカ!!!」


 こうなるから。そして次に。


「どっちがバカだよ!それにシュウマイじゃねえ!!毎回思うけど全然面白くねえわドチビこのやろう!!」


 こうなって、


「「やるか!このやろう!!!」」


 喧嘩になる。

 愁が何か、余計な事を言うと大体、楓が突っかかる。とは言え、めんどくさいのはまだ残っている。

 立ち上がってすごい剣幕で睨み合うふたりの間に天使が降臨する。


「ねえ2人とも!喧嘩はだめだよー!」


 賢明な判断に見える。愁は唯には反抗できないし、楓も唯の言うことは基本聞く。でもこの時だけは火に油をなんとやらだ。



「お、おう、でもこいつがいきなり。」


「んだよ!シュウマイ!全部私のせいかよ!」


「当たりめえだろ!お前が突っかかってきたんだろ!ってかそのシュウマイやめろってんだよドチビ!」


「うるせえ!まだ成長期の途中だよ!まだ伸びるわ!!シュウマイには希望がねえけどこっちには希望があるんだよ!!!」


「2人とも!!」


 唯の泣きそうになりながら止める声さえ、もう2人には届かない。

 そろそろ止めないとマジで殴り合いをしかねない。愛輝はまたため息をつく。


「はいはい。おふたりさんそこまで。」


 愛輝は二人の間に入り、両手でふたりを遠ざける。そして、まず楓の方を向いて頭に手を置く。


「楓、いつも君は愁にわざわざ喧嘩売らないの!そんなんだからちっちゃい子扱いされちゃうの!もっと大人になりなさい。」


 楓がしおらしくなり、うつむいて顔を顔を真っ赤にしてる。完全に怒っているが、大人しくはなる。


 愁が完全に勝ち誇った顔をしてるので頭をひっぱたく。


「お前は俺に喧嘩売ってんだろ!そして一言多い!!頭が何故かいいんだからちゃんと使えバカ!」


 愁はそっぽを向いているが、彼なりに落ち着いてきて反省しているのだ。


「ほら!2人とも!謝りさい!」


「「...ごめんなさい」」


 一応2人とも素直に謝る。どちらも根はいい奴だ。


 最後にもう一仕事残っている。


 喧嘩を止められなくて、半べそかいている唯を慰めることだ。

 実は、唯はもうすでに号泣五秒前くらいの勢いだ。唯は愛輝が二人の間に入った時からずっとブレザーの裾をつかんでいる。

 唯の方を向き言う。


「唯は頑張ったし、唯は悪くない。ただちょっと口喧嘩が熱くなりすぎて、2人とも周りが見えなかっただけだよ。気にすることはないさ。」


 そっと頭を撫でてやる。


「唯、ごめんな」


 愁が謝ると楓も謝る。


「悪かったな、愁と喧嘩なんかしちまって」


 そう言われるといつも唯は元気になる。

 ...はずだったのだが今回はいつもとは違うらしい。


「でも、いっつも私が言っても、全然喧嘩止まらないし。いっつも愛ちゃんが止めてくれて...私の何の役にもたってない。」


 こんな時に思うのもなんだが、どうやら素の時は未だに俺のことは愛ちゃんらしい。一向に構わないが。こんな事でも揺らぐ自分の心に苦笑いする。


 なんてことを考えてる場合じゃなかった。


 唯と呼びかけたその時、愁が言った。


「役に立ってるさ、唯も。いつも同じようなことで喧嘩してるからさ、みんな我、関せずなんだよ。それでも唯はいつだって真剣に止めてくれる。」


「だから、そのー、あれだ!俺達の心の支えっつーか」


 愛輝は思った。今日、話さねばならないと。


「唯がいてくれてさ、俺達のことを必死で止めようとしてくれるだけでさ、大事に思われてるんだなって思えるんだよ。そういう存在であれてるんだなって。」


 愁と唯は完全に照れて顔が真っ赤になっている。楓はそんな2人を気にせず愁の言葉に頷いている。

 楓が邪魔という訳では無いが、楓がいなければカップルの喧嘩後にしか見えない。

 正直見てられない。というか見たくもない。こいつ、何恥ずかしいことべらべら喋ってんだ。黒歴史の1ページ刻まれたな。

まあそれはいいとして、


「はい。じゃあみんな仲直りして、元気になったところで、お昼ご飯にしましょうか!」


 3人の賛成の声が聞こえてくる。


「じゃあいつもの校庭裏のとこに集合ね。あと、愁!ちょっと話がある。勉強大好きちゃんの分ちゃんと返すから。」


 ニッコリとした笑顔は愁から見たら恐怖だったろう。「そりゃないだろ!」と愁が言うが無視して連れていく。


「2人とも先に行っててねー」


 唯に何か言われる前に逃げる。


>


 いつか来ると思ってた。その日が今日だった。愛輝は、俺の制服の襟をつかみここまで連れてきた。なんでもない。ただの中庭。ベンチがあるだけ。


 愛輝は急に、足を止めた。

 愁は転びそうになるが、なんとなか耐える。


 そんなことをやってるうちに愛輝はベンチに座っていた。ニヤニヤして俺を見ている。

 反応すると、逆に面倒なのは重々承知しているので、恥ずかしいがそのまま愛輝の隣に座る。


「悪かったよ、そんな怒るなよ。冗談だろ。」


「いや、全く怒ってない。安心しなさいな。」


 そう言って愛輝は空を見上げる。


 青空と白い雲、散る桜、爽やかな少年。


 どこかの絵でありそうだ。雲で少し隠れた太陽。どこか趣きがある。


 きっと愛輝だから映えるのだろう。俺のような、だらしのない常識のない馬鹿では景観が損なわれるのだろう。


 ...多分唯は愛輝の隣にいるのだろう。

 二人の間には何者も切ることの出来ない糸で結ばれているのだから。


 分かっている。勝ち目のないライバルがいることくらい。それが親友だということも。二人を結ぶ糸が赤いことも。


 それでも、仕方ないだろう。


 好きという感情を一々説明する必要も、諦めねばならぬ必要も無い。


>


 完全に自分の哲学を深めていた愁を愛輝は横目で見て、言った。校庭で遊ぶ2年生の声が響く。


「なあ愁、お前唯のこと好きだろ。」


 愁はしばらく何か考え込んでいたが、やがて真っ直ぐな目で、


「ああ」


 それだけ、答えた。


「もっと早く言えよ。」


「言いふらすもんでもねーからな」


「そうか。」


>


 愛輝は上を向いていた顔をゆっくり下ろす。

 沈黙を破り、愁は意を決して尋ねた。


「お前は?」


「お前は、唯のこと、好きなのか?」


 愛輝は目を丸くしていた。


 そして、ゆっくりと穏やかな、まさに今日の天気のような穏やかな顔で答えた。


「お前が思っているようなことは無いよ」


「安心しなさいな。俺は君を応援するからさ」


 愁は度肝を抜かれた。当たり前だ。ほんの一分ほど前まで相思相愛だと、好きあっていると思っていた、自分の考えを根本的に否定されたのだ。



 だが、こんな嬉しい期待はずれがあったものか。少なくとも、可能性がゼロでない。そう分かった。それだけでしばらく飯抜きでも生きていけそうだった。



 しかし、キセキはまだ終わらなかった。


 愛輝が立ち上がった。



「喜ぶ君にもう一つ。」



 愛輝は、嬉しさで固まった愁に一言言い残して立ち去った。


 次の瞬間、やけにでかい歓声が聞こえた。








「唯も、愁のこと好きだぞ。」







 愛輝は1人、いつもの昼食場とは逆の方向に向かった。

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