過去と後悔・勘違い
ニカイドウは黙ったまま部屋を出た。結局ミナバは抵抗しなかった。最後まで抵抗せず、ニカイドウをじっと見ていた。腹の底がすっと冷えて、後悔が湧き上がってくる。どうしていいかわからないまま、ニカイドウは共有スペースで座り込んでいた。
目を覚ましたミナバは何も言わなかった。いっそ糾弾してくれた方がいくらかマシだ。なにか言わなくてはならないと思えども、狂った距離感にニカイドウはなすすべもない。狂ったのではない、狂わせたのだ。他の誰でもない己が。
仕事に行く前、震えそうになる声を抑えて、努めて冷静にニカイドウはミナバへ声をかけた。帰ってきたら話があるから部屋に来い、と。
◆◆
ニカイドウは不機嫌そうに、ミナバを部屋へ呼んだ。すぐにでも荷物を纏めて出ていく心づもりでいたミナバはやや面食らったが、平静を装って承諾した。聞いているのかいないのかわからない動きで、ニカイドウは出ていった。
ぬるぬると滑る潤滑剤は、互いの関係を改善などしてはくれない。黙ったままのミナバに跨って、湿っぽい床の上でニカイドウは唸った。組み敷いたミナバの体の上に落ちるのは塩辛い涙だ。
「なんで何も言わねェんだ! お前は!」
ニカイドウは叫び、ミナバの胸に手をついた。ぱたぱたと落ちる粒は熱い。
「俺に! こんなことされなくても済むような生き方が! お前にはあったはずだろ!? なあ、なんとか言えよ、ミナバ!」
「……んなもんねえよ、リイチ。今の俺は弱い人間だ、お前に頼らなきゃ生きていけねえ」
黙って状況を受け入れていたミナバはこのタイミングで初めて口を開いた。ニカイドウがひどく傷ついたような顔をしたのを、ミナバは目の当たりにした。
ミナバはこれまでのことを話した。上層で楽器を弾いていた話、雨に降られて上層へ帰れなくなった話。死にかけたことは言わなかった。そのかわり、迷惑をかけたことを謝罪した。ただただ涙を流していたニカイドウはとうとうしゃくりあげて泣きだした。
「どこにもいかないでくれ」
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