葛藤下層壁殴り

湿った寝床に座り、苛立つ脳でニカイドウは考えていた。

薄暗く湿った地下街に、己より価値のあるものなど何一つありはしない。体が資本、己の生活がすべて。他者に期待などしない。自分を殺してまで何かを優先するのは、破滅を呼び込む行為だと、わかってはいる。下層からここまで這い上がってきたニカイドウはそれを正しく理解している。ミナバは己の弱さだ。今はイリヤがいるから何とか回っているが、もし、もしイリヤが出ていったら? ニカイドウはミナバの存在を抱えきれないだろう。命取りにもなりかねない、下らない……そう、下らない感傷だ。

理解してなお、ニカイドウはミナバを切り捨てられない。


腐れ縁も今日までだと放り出せば、ミナバは独りでやっていくだろう。そうするだけの力が彼にはある。そうしないのはなぜだ?

疑心暗鬼に駆られ、ニカイドウは悲観的な予測を立てた。

相棒を閉じ込めて、駄目にしているのは自分なのではないか。食うに困らないだけの生活を盾に、望みもしない生活に体の良い鬱憤の捌け口にしてしまっているのではないか。不満があればいつだって出ていけるはずの状況で本当に利益を得ているのはどちらだ?

苛立ちは猜疑と正当化を呼び、ニカイドウの頭をぐちゃぐちゃに引っ掻き回した。


「何してんだ、壊れるぞ」

感情に任せ壁を殴っていたニカイドウを、通りすがりのミナバは見咎めた。

「ミナバか……来い」

問いに答えを得られないまま、ミナバは部屋に入り、扉を閉じた。湿気っぽい部屋の中、苛立ちを隠すこともせずニカイドウが手招きしている。とうとう来たか、とミナバは不自然なほど冷え切った脳で考えた。ニカイドウに愛想を尽かされる時がいつかは来ると思っていた。それはきっと今だ。ミナバは腹を決めた。最後くらい、ずっと黙って耐えていたであろうニカイドウの思いの丈を聞いてやるのも悪くないだろう。それが自分にできるせめてものけじめであるとミナバは考えた。

だからそのあとすぐにニカイドウに殴られたときも、胸ぐらをつかまれて引き倒されたときも、抵抗は、しなかった。ニカイドウが明確な意図をもって伸し掛かってきた時も、ただ、されるがままに任せていた。たった一人の友人を失うのだと思うと一抹の寂しさを感じたが、もとはといえば自分が蒔いた種だ。ミナバは湿っぽい部屋にいる間ずっと、三日後には赤の他人になっているであろう男のことを見ていた。ただただじっと、目に焼き付けるように。

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