帰陣

敗走

 炎と煙の城下町を抜け出た浜松勢の背後を、しろかたの兵が追撃してくる。


 上田の地は、くまがわろうやま山系を削り取って作った土地である。山はきゅうしゅんであり、それでいて川幅は広い。土壌は肥えているが、平らな地面は少ない。そして道は狭い。

 土地の者であれば、獣道のような細道を辿れば何処にでも出られることを知っている。

 山から流れ落ちる沢がくぼを幾つも作っており、その陰に伏せられることを知っている。

 浜松勢はそれを知らない。知らないが故に、浜松勢は思いもしないところから突然に掛かってくる敵兵に困惑した。


「西から掛かってくる者は敵だ!」


「北から来る者は敵だ!」


「南から出てくる者は敵だ!」


 敵のいない東の方角へ逃げる浜松勢は、その背後を追ってくる人馬の声を聞いた。悲鳴と焦げ臭い臭いがする。


「西から掛かってくる者は敵だ!」


 浜松兵は反転して鑓を向けた。ボロボロな、疲れ切っていた兵を、突いて殴った。


「止めろ、味方だ! 止めろ、殺すな!」


 むなしい叫びだった。

 城下の炎からようよう逃れて来た将兵は、城方の矢玉や鑓や刀ではなく、味方の鑓に打たれ、貫かれて、バタバタと死ぬ。

 これを同士討ちと気付いたときには、もう遅かった。

 なか全滅した「城攻めに掛かった部隊」の、累々とした亡骸の向こう側に、赤糸おどしの古風な具足を着た騎兵がいた。

 雲突くような大男だ。少なくとも疲れ果てた浜松勢の目にはそう見えのだろう。恐慌を起こした浜松勢は、反転し神川の渡河点へ向かった。

 逃げに逃げた浜松勢の目の前に横たわる神川は、決して広い川ではなかった。深い川でもないはずだ。だが、流れが速い。

 いや、確かに元より流れは速かった。それでも、彼らが東の岸から西の岸に渡っていた時は、水流はこれほど激しいものではなかった筈だ。


 前に敵将、後ろに暴れ川。前には出られぬ、後ろには引けぬ。

 引けぬが、引くより他にじゅつは無い。

 足軽も騎兵も、鑓や刀を放り出して川へ飛び込んだ。中には鎧までもうち捨てた者さえいた。

 濁流は、川上から水諸共に押し流して着た大きな石も太い木も、そして浜松勢の兵も巻き込んで、ゴウゴウと流れ落ちていった。


 川岸に踏み留まった数十人ばかりの将兵が、それこそ必死に、攻めかかる城方を押さえ込んでいる。押し戻すことは無理なことであるかも知れない。だが少なくとも味方が渡りきるまでは堪えなければならなかった。

 しかしそう長く持ちこたえることはできなかった。


 この将兵の内で生き残った者達も、やがて川へ向かって逃走した。

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