アルファ・ケンタウリの拘置所
珠子は逮捕されてしまった。それで今、ぬめぬめとした拘置所にいる。ここも例にもれず、ピンク色で湿っていて吐き気を催す感じだ。この感じは、と珠子はふと思い当たった。歯医者で型を取る時口に入れられる、あのピンクの柔らかいやつに似ている。名前はなんというか知らないが。
「弁護士を呼んで」と映画なら言うのだろうが、あいにく珠子には顧問弁護士などいない。大学時代に法学部の友達ならいたが、司法試験を通ったとは聞いていない。多分通っていないのだろう。いたとしても、アルファ・ケンタウリの法律に精通しているとは思えない。唯一頼れそうなのは〈ピザーヤ〉の店長だが、外部と連絡をとることは許されなかった。見えるものと言えば粘着質の便器に、粘着質の鉄格子、それから外の廊下に待機している、看守と思しき粘着質の生物だけだ。
「あのー……」と珠子は鉄格子に触れないように注意しながら顔を近づかせ、こわごわと看守に声をかけた。もともと見知らぬ相手に話しかけるのは得意じゃない。見知らぬ看守なら尚更だった。就職が難航したのはそれも原因の一つなのに、なぜこんな破目に。
「話しかけるな。話すことは禁じられている」
「ええと、でも私、こんなところに入れられる理由はないんです」
「みんなそう言うよ」
「輸出入禁止法なんて、さっき知ったばかりなんです。過失です」
「こういうのはな、お嬢ちゃんよ、未必の故意って言うんだよ」
「なんですか、それ?」
「俺もわからん」
「地球に帰ったら二度と足を踏み入れませんから、帰してください」
「何度も聞いたよ」
その時、看守の背後のドアが開いたので、ふたりは話をやめた。見ていると、ドアの向こうからふたりの粘液生物が入ってきた。一方が叫んだ。「ピザ屋さん!」
かろうじて聞き分けられたその声は、先ほどのピザの注文客だった。もう一方の生物が言葉をつないだ。
「地井珠子。保釈金が支払われたため、帰宅を許可する」
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