アンチ・マチス
深夜。事故が多発する魔のカーブで、優雅に踊るカップルがいる。
アスファルトの路面を滑るように、女ははだしで、男は魔法の靴をはいているかのように音もなく、大股で移動しながらリズムを刻む。
腰に歪んだ白いガードレールを巻きつけて踊る女のダンサーがほとんど裸のように見えるのは、身に着けていたドレスが事故でボロボロに裂けてしまっているからで、彼女がステップを踏んで回転するたびにガードレールは巻き取られ、パートナーに手を取られのけぞった上半身に引っ張られるようにたわんで震え、次に彼女が逆回転すると、それにつれてくるくるとロールペーパーのようにほどけてゆく。
優雅なダンスに気をとられて、それにオレンジの照明の下、すべてがモノクロになっているのでわかりにくいが、よくよく見るとパートナーの男の体はとっくに腐り、崩れて骸骨になっている。女の方はまだ血を流し、傷や焦げ痕も生々しく、死んだ時そのままに若く張りのある肌を保っている。
ダンスに誘われて事故を起こす者多数。生存者は、例外なく同じ言葉を口にした。
どんなにダンスが巧かったか。とても魅力的で、手足が痺れ、視線が吸いつけられるようだった。どうしても目を離せなかったと。
少しばかり崩れてきた体形を気にしているのか、このところ次世代のダンサーの募集をかけているらしい。
昨日の事故ではついに死者がでた。
事故を起こした車は谷底へ跳ねとんでいったが乗っていた若い男女は車外へ放りだされ、裂けたガードレールにひっかかって、お互いの肉体は十文字にねじれて絡み合い、固くこびりついていたために、まるでただ一人四本の腕と脚をもった奇跡的なダンサーのように、肉が腐り落ちるまでの数日間、谷に突きでた格好で空中に磔になっていた。
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