落下さん



【1】落下さんは落ちゆく人類から残り少ない財宝をむしり取る残務整理者である。むろん彼らも人類と共に落下する。


【2】ラッカーという名称は落下+作家+サッカーから来ている。ラッカーは落下さんを追って人類と共に落ちる。落ちながら記録する。そして人類から徐々に毟り取られてゆく遺産のリストを作成する。


【3】ラッカーという名称のスポーツが存在する。落下さんを追うラッカーの不可能事を模したこの競技も、選手たちも、共にラッカーと呼ばれた。ラッカーは絶えず落下しながら越えられない限界をすりぬける競技だ。今から三十年以上前、ある教授が、所属する大学の陸上部で実験的にチームを構成したのが始まりとされている。元祖ラッカーは非常に人見知りなので何一つ語らず、そのため誰も落下さんについて以上にラッカーのことは何も知らなかったのである。教授はラッカーの行為を再現することで不可能を可能にしようと企んだのかもしれない。ただ陸上選手も水泳部員も越えられない記録の壁の存在を実感していたので実験に参加することに異議はなかった。

(1)ラッカーは落ちる。まず落ちるのであって、その前段階に昇る準備は存在しない。

(2)ラッカーは言語で迂回路を作る。肉体を運動に直結することはない。迂回路こそが肉体の限界を超えた運動の速度を保証する。

(3)ラッカーが蹴るのは迂回して球体となった限界だ。限界線が肉体に接地すればしめたもの、自分自身を蹴って、壁の向こうへ運ぶのだ。

(4)限界を越えたラッカーは透明になる。観客だって限界のこちら側にいたのでは何も見られない。


【4】落下さんが落ちながら、いつも見ている透明ラッカーに映る風俗の変遷は落下さんの少々味気ない残務整理にささやかな彩りを添えて、落ち込みがちな気分を、わずかに活気づけているかもしれない。

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