日々是夢幻



 黒い森の中をゆく。夜。俺が殺した数多くの者が怨霊となり、新月に乗じて、ひしめきあい渦を巻きながら襲いかかる。だが俺は、それがただの幻の変化に過ぎず、この森を抜ければ力は及ばないことを知っている。たいていのやつらは朧な血の幻に耐えきれず、気が狂ったようになって自らを傷つけ弱めとりこまれてしまうから、ここから脱け出せぬままなのだ。

 目の前が真っ暗になり何も見えない。闇に取り憑かれた。どんどん重心が沈んでゆく。怨霊が俺の脛肉すねにくを引き裂く。足元がおぼつかない。体がこわばる。だが俺はこの階段をのぼりきれば、と少しも歩みを弛めない。

 じょじょに闇が薄れる。同時に粘りつく闇の力も、潮が引くように、すうっと退いてゆく。

 こけむした階段をのぼりつめると、家の裏の神社の社の前にでた。賽銭箱さいせんばこの上に大きな暗いひさしが張り出し、そこから、緋色の紐を太く縒ったのが垂れている。土は湿っている。灯ろうは影に沈んでいる。横たわる死体を跨ぎこし、俺は階段のいちばん上から跳躍する。かるがると鳥居をとびこし、ふわりとわが家の屋根に着地する。

 天窓のようなひのきの隠し戸を開けて階段の踊り場に下り、部屋に帰って、パラシュートを畳む。夜中の散歩はおしまい。

 外から話し声が聞こえてくる。落下クライミングのルールについて、男の声が説明していた。パラシュートで落ちてくる人間が垂らしたロープに攀じ登る競技。落ちてくるまでにいかに空中高く登れるかを競う。スカイダイビングとロッククライミングの難しさと醍醐味だいごみが一挙に味わえるらしい。パートナーが落下事故で怪我けがをして、今は参加を控えているそうだ。

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