第13話 前夜

 サヴァン荒野の西の端、ユニオンまでは僅か半日といった距離。

 荒野の渇いた土であれば魔物の"湧き"が無いため、ここで一晩過ごすことになった。

 見張りの兵士がいるとはいえ、魔物が襲ってくるかもしれないと思うと気が気じゃない。


「お前のたいまつで湧きつぶしすれば良いじゃろうw」

「それは違う世界だバカ野郎」


 雷も止み、風もなく、雲ひとつない夜空。

 明日はいよいよ、魔物の大群とやり合うことになる。


 ああ、コワイ。

 俺のたいまつで何かできることはあるのか。

 ああ、あと、2段ジャンプ。


 というか、緊張していても、腹が減るのが不思議だな。


 幌のついた馬車の中で、噛みちぎれないくらい固いパンとスープを食べる俺とクロエとアンナ。

 隣に座るクロエは味の想像もつかない水色の液体を飲んでいる。

 マジでそれ何なんだよ…。

 

「お腹いっぱいですわ」


 正面に座っていたアンナは、皿を床に置いて、軽く伸びをした。

 さっきまで、巨大な斧を振り回して、魔物をぶった切っていたとは思えないほど、細く長い腕。

 全く色気の無い上下の下着なのに、伸びをすると、すらりとした体のラインが浮き出て、妙に女らしい。


「わたくし、明日に備えて少し運動をしてまいりますわ」

「運動?夜に?」

「ええ、毎晩欠かさずやっておりますの」

「筋トレ?」

「ピラティス」

「ピラティス!?」


 声が裏返った。


「お師匠さま、ご存じですか? ピラティスは体に溜まった毒をデトックスする作用があるんですの。年頃の女子は皆、自分を磨くために毎日のケアが欠かせませんのよ」


 何そのメディアにのせられた大人女子みたいな発言…。


「デトックスだの、ピラティスって、どこで知ったんだ」

「ゼプラス教の教えですわ。教義によれば、人間の魂は永久に老いることはなく、日々自分を磨くことで、魂を、そして魂を宿す肉体をも若返らせることができますの。ゼプラス教の教義をもとに、働く(戦う)女性のライフスタイルを説いた『ゾンビも振り向く!? キラキラ女子になるための48ステップ』という本を読んだんですの」


 ステップ多すぎやろ…。


「戦場とはいえ、1日でもケアを怠ったら、女子は、下り坂を転げ落ちるように老いていきますのよ」

「そ、そうか」

「クロエちゃんみたいに、若くて、お肌がぴちぴちならいいんですけど」


 そういって、アンナはクロエの頬っぺたを両手で挟んだ。


「クロエちゃんっておいくつなの」

「わひか。わひは14歳ひゃの」


 お前、年齢とか、そういうの無いだろう。


「…そっか」


 と言って、うつむくアンナ。


「じゃあ私と…ひとまわりくらい…違いますのね…」


 アンナさん、あの、目のハイライト、消えてます。


「ダメね、アンナ。こんなことしてる場合じゃないわ、明日もたくさん魔物を殺さないといけないのだし、すぐに寝る支度をしないと」

「そういえばレイナはどこにいったんだ」

「レイナお姉さまですか?お姉さまはたぶん」


 アンナは幌の外を指さした。

 

「あそこらへんの岩に座って本を読んでますわ」

「へぇー。あんなに快活な感じなのに、勉強とかするんだな」

「いえ、勉強といった類ではないと思いますわ」

「じゃあどんな?」

「ボーイズラブ」

「ふぁいッ!?」

「お姉さまは、戦場で自分を鼓舞するために、休憩の時には大好きな小説を読まれるんですの。殿方と殿方がまぐわう感じの」


 ツッコミどころが多すぎる。

 なんなんだよこの姉妹。

 っていうか、そういう趣味とか嗜好って、万国共通なんだな。

 魔界村って万国に入らないのか。

 いやもうよくわからん。


「それでは、アーサーさま、クロエちゃん、明日のミッション、よろしくお願いします。今日はゆっくりおやすみなさいませ」


 簡易的な宿舎で薄い毛布をかぶり、思いのほか深い眠りについた。

 が、次の日、陽も上がらない早朝、大魔砲隊ミサイルマンの砲撃による爆発音で目を覚ました。

 敵襲だった。

 我々討伐隊は、ユニオンに巣食うヒッチコック隊によりサヴァン荒野に"おびき寄せられ"、そして、"狙い撃ち"にされたのである。

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