第11話 鬼人

 馬がいななき、鎧がひしめき、巨大な銃器が地面を揺らす。

 1000人の兵士が城壁を背に、自らを鼓舞し、声を上げている。


 はじめて軍隊を間近で見た。

 俺がいた世界のものとは違うのだろうが、なんというか、膨大な数の人間と兵器が集まっている状態は異様だ。

 空間の圧が高まり、身体がピリピリする。

 血の流れが速くなる。

 呼吸の間隔が短くなる。

 アーサーの身体が、戦う本能を思い出して、興奮しているみたいだ。


「アーサーさま、ご準備は」


 振り返ると、カモシカのように湾曲した角がついた兜から、綺麗な薄紫色の髪をなびかせたアンナがいた。


「準備と言ってもなあ」

「その鎧を着ると、昔を思い出すことはありませんか?」


 身体を隙間なく覆う鉄の鎧。

 パーツ一つ一つが重く、関節も動かしにくい。

 でも、鎧に体が触れるたびに、ほっとする気持ちになる。


「その鎧には、お師匠さまの幾多の戦いの歴史が刻まれています。そのうち、何か思い出すこともございましょう」

「昔の俺の記憶か」

「戦場の師匠は鬼人のようだったからな」


 真っ黒に塗られ、金色の模様がほどこされたボーガンを片手に、レイナがやってきた。

 

「私もアンナも、師匠についていくのが精いっぱいだったな。魔物の群れに一人で突貫しちまうような人だったから」

「ふふふ、お姉さまも一緒ですけれど」

「師匠が勘を取り戻すまでは、私たちが先陣を切る。師匠は後ろからついてきてくれるだけでいいからな」

「そうですわ。私たち姉妹が敵を”始末”します♥」


 2人の言葉に偽りは無かった。


 討伐隊がセント・ソクラテスを出発し、しばらく平原を進んでいると、俺たちの行く先に大量の棺が浮かんでいた。

 俺が魔界村にたどり着いた時に見た、あの棺だ。

 先頭を進んでいたウィンドリー姉妹の小隊は、ラッパを吹き、隊の進行を止めた。

 そして、馬に跨ったレイナが、ボーガンを天に掲げ、叫んだ。


「目の前のゾンビ達は私とアンナの2人で対処するッ!皆は明日のユニオン侵攻に備えて、力を蓄えておいてくれッ!」


 レイナはボーガンをゾンビ群のほうに向けた。

 そして、ボーガンから薄い緑色の塊が放たれた。 

 薄い緑色の塊は、空中で矢の形に変形した。

 1本・2本ではなく、何百・何千という数の矢に。

 その矢が棺に当たった直後、爆発した。

 巨大な音と熱を帯びた風が一瞬で俺たちをすり抜けていった。


「アンナッ!」

「はい、お姉さまッ! 大戦斧ヴィトゲンシュタインをッ!」


 アンナは、近くにいた兵から巨大な斧を受け取り、走り出した。

 でかいなんてもんじゃない。

 自分の背丈ほどの柄に、油圧ショベルで動かすような巨大な刃がついた斧だ。

 アンナはその斧をぶんぶんと頭上で回しながら、ゾンビ群に突貫した。


「ドオリャァァァァァァッッッッ!!」


 アンナがゾンビ群に接触してすぐ、ゾンビの腕や足や頭が宙を舞った。

 レイナもアンナに続いてゾンビ群に突貫し、距離を保ちながら、ボーガンを放った。


「アンナッッ!右ッッ!」

「はい、お姉さまッッ!」


 姉妹が怒号をあげ、爆発がおきる度に、ゾンビの断末魔が聞こえた。


「なあ、クロエ」


 俺は横で長い木棒を磨いているクロエに声をかけた。


「あの2人を俺が」

「そうじゃな。ウィンドリーの爆弾姉妹は、まぎれもなく、騎士アーサーが育て上げたんじゃぞ。ほこりに思えよ」


 俺じゃなくて、あの2人が間違いなく鬼人だって。

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