第10話 秘策
会議が終わり、俺とクロエはセント・ソクラテス城を出て町を歩く。
英雄アーサーの帰還を祝福する賑わいは収まる気配が無い。
道中、何度も声をかけられ、肩を抱かれ、祝いの言葉をもらった。
泣きながら抱きつく人もいる。
英雄…か。
のんべんだらりと現代の世界で暮らしてきた俺には、想像もできないな。
朝起きて、大学に行って、家に帰って、ネットゲームをして、たまに声優イベントで遠出して。
そんな普通の生活をしてきた俺には。
前のアーサーは何千・何万という魔物を倒して、町を必死に守ってきたんだろう。
転生した後、自分の身体を意識したことが無かったが、信じられないくらいに、まるで鉄でできているみたいに、固い筋肉をしている。
傷一つついていない。
「なあ、クロエ。俺の魂を転生させるまで、アーサーはどれくらい眠っていたんだ」
「一年ほどじゃ。身体が腐らないように、北の山奥で冷凍保存されておった。まあいうても、お前の身体は特別丈夫に出来とるから、多少のことは大丈夫なんじゃが」
なんだよそれ、超人かよ。
「前のアーサーってさ、俺みたいに、松明で戦っていたのか」
「先代アーサーの武器は剣じゃ。手から剣を生成して、それで戦っておったの」
「いやいや。俺の武器と差があり過ぎるだろ、性能的にもビジュアル的にも」
「そんなことわしに言われても知らん。魂の適合性ってものがあるんじゃから仕方がない」
「松明で巨大な鳥と戦えると思うか?」
「燃やして焼き鳥にすればいい」
「投げても届かねえよ」
「二段ジャンプで飛びつくとか、色々あるじゃろ。…と、ここは?」
「行きしなに看板が見えたから、帰りに寄ろうと思ってな」
たどり着いたのは銀行だ。
中に入ると、部屋中が黒っぽい色の木材でできていて、いくつもの窓口がある。
他に客はおらず、真ん中の窓口に、太った女性が座っている。
「いらっしゃいませ。あら!アーサーさんじゃない!?若返って復活したって噂には聞いてたけど、あらあら~、こんなにいい男になっちゃって♥」
「自分の口座の残高を確認したいんですが、できますか?」
「もちろんよ、台帳を取ってくるから、ちょっと待ってて」
前のアーサーは英雄だったんだ。
金だって、それなりに稼いでいたはずだ。
その金を使えば。
「台帳はこれね…っと。アーサーさん。フルネームは、アーサー・アーキテクトだったかしら。ふんふん。えっと。あったわ。あれ? これって…」
「どうしましたか?」
「うーん。間違いではないと思うけれど。アーサーさんの預金の残高は0になっているわね」
「え」
「記録を見ると、最後に銀行に来た時に、残金が全て引き出されているわ。結果、今の残高は0よ」
なぜ?
アーサーが自分で引き出したのか?
それとも、他の誰かが?
「アーサーよ、なぜ残高などを確認したんじゃ?」
「金を稼がないと『コンテニュー』ができないだろ。前のアーサーの預金が足しになるかと思ってな」
「なんじゃ、魔物と戦って稼ぐのはやめたのか」
「600億分の魔物と戦うのは現実的じゃないだろ」
「その額を稼ぐほうが現実的ではないと思うがの」
「ふっふっふ。俺はな、今回のユニオンでのミッションで秘策があるんだ」
「なんじゃ、童貞みたいな笑い方をして」
「んなもん笑い方で分かるか!まあ、ちょっと、お前に確認したいことがある。『コンテニュー』はもちろん、現金で払うことも可能だよな」
「そうじゃな」
「その時は、金をお前に渡す。お前は神だから、きっと、金をどっか別の場所に移送するとか、何かするだろう」
「移送する。持ち歩きはせんわい」
「それを見こんでだ。クロエ、どうせミッションの時も一緒にいるんだろう」
「どうせとはなんじゃ。心配するな、お前の世話にならんでも、自分の身は自分で守るでの」
「ウィンドリー姉妹の小隊がユニオン城に突貫する時、俺は混乱に乗じて離脱する。クロエも俺についてきてくれ」
「ほう」
「そして銀行に向かう。市街戦の最中に場所を確認しておく」
「銀行」
「魔物は金に興味が無いだろうから、きっと銀行の金には手つかずだろう。だから、金庫をあけて中に入り、現金をまるっと頂く。そして、その現金をお前が別の場所に移送するんだ」
「…」
「どれくらいの現金があるか分からないし、600億には届かないかもしれないが、かなりいい線まで行くんじゃないか」
「わしは初めて人間の屑というものを見たわい。それはただの盗人じゃぞ」
「仕方ないだろ。前のアーサーが偉大だったからと言って、俺がそれを引き継ぐなんてできない。何千・何万の魔物となんて戦えないさ。こんな世界、早く逃げ出してやる」
「…アーサー。一つ言うておくがの」
「なんだよ」
クロエは瞬きもせずに、俺を見ている。
「自分自身を、アーサーという人間を見くびりすぎじゃ」
そしてあくる日、セント・ソクラテスの巨大な城壁のもとに、ミッションに参加する討伐隊が集結した。
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