STAGE 2 怪鳥ヒッチコック
第7話 陽気
『コンテニュー』のおかげで、未来に希望を持てるようになったものの、思えば、俺は魔物について、何も知らない。
魔界村にたどり着いた時に、一匹のゾンビと戦っただけだ。
他に、どんな大きさの、どんな強さの魔物がいるんだろう。
と、そんなことを考えていると、目の前の神が、ぶかぶかのローブの中で身悶えしている。
「久しぶりに人間の肉体に入ってみたが、なんか、こう、むずむずするのう。というか、この麻のローブが原因じゃな」
と言って、ローブに手をかける神in金髪の幼女。
そのまま、するすると、腰までローブをおろして、白い肌があらわになった…。
って、いやいや、あかんぞこれは!
このシチュエーションは倫理的にあかん!
そして、ぎぎぎぎというドアが開く音。
「いやあ、すまん、アーサー、待たせたな。町は英雄が帰ってきたといってごった返しとるぞい。ここまでたどり着くのも一苦労って…ふぅおッッッ!?」
ペドロが帰ってきた。
「このおなごは」
「いや、その、なんだ、これは、うん」
「アーサー。復活できた喜びは分かるが、下半身まで復活させることはないのでは」
「誤解だ!」
「半裸のおなごとパンツ一丁の男がおったら、それはそういうことだろう」
まあ、そうですよね…。
「あたしね、ダメっていったの。でもお兄ちゃんが『大丈夫だから、痛くしないから、先っぽだけだから』って無理やり部屋に連れてこられて」
「お前、話に入ってきてややこしくしてんじゃねぇよ!あと口調変えてんじゃねえよ!」
「とにかく、ハッスルするのは後にしてもらって」
「しない!」
「おんぬしに説明したいことがある。城の中のセント・ソクラテス大隊の駐屯地まで来てくれい。衛兵に聞けば詳しい場所はすぐにわかる。それと、服は着てきてくれよ」
ペドロが出ていったあと、俺はアーサーの部屋に置いてあったチュニックとサルエルパンツのようなものを着て、外に出た。
家を出て、細い路地を抜け、大通りに出ると、大勢の人が木の容器を持って声を上げている。
酒盛りしているのか。
「天気は相変わらずじゃが、こんなに陽気なセント・ソクラテスは久しぶりじゃ」
横を歩く、金髪の幼女。
アーサーの家に、女の子用の服が無かったので、まだぶかぶかのローブを着ている。
「神、何でついてくるんだ」
「神ではなく、クロエと呼べ。さっきも言うたように、お前が行く先々について回るつもりじゃ」
幼女付きの騎士。
○連れ狼か。
「皆、笑顔で酒を酌み交わしておる。お主の復活を心から喜んでおるのじゃな」
「先代アーサーは、そんなに凄い騎士だったのか」
「うむ、奴は恐ろしく強かった。魔界村全土に名がとどろくほどにな。剣を振れば、その風圧で魔物が吹き飛んだ。その強さゆえ、無茶なこともしていたのう。魔王軍の1000の軍勢を一人で戦い、そしてそのまま、魔王サタンにも戦いを挑んだんじゃ」
「1000の魔物を、この身体で」
大通りには、たくさんの屋台が軒を連ねている。
香ばしい食べ物の匂いがただよい、ストリングスの音楽にのせて、陽気な歌が聞こえてくる。
人々の笑い声も絶えない。
「アーサーが復活した!」
「万歳!」
「万歳!」
「これでセント・ソクラテスは安心だな」
「そりゃそうさ、なんてったってアーサーだぜ」
「とんでもねえ大金も払ってるしな」
「違いねぇ」
「不甲斐ない働きしかしなかったら、俺たちがあいつのケツをはり倒してやらなきゃな!」
「はっはっはッ!」
やっぱり、住民には若干のとげがあるな…。
大通りの向こうに、4連の塔をそなえた大きな城が見える。
4連の塔の真ん中に、盃を掲げる老人が描かれた旗がたなびいている。
大通りを抜け、長い階段を上って丘をのぼり、城の前までやって来た。
赤い房のついた槍をかまえた衛兵に声をかけた。
「あの、アーサーです。町長のペドロに言われて来ました。セント・ソクラテス大隊の駐屯地に行きたいのですが」
「おお、アーサー殿。なつかしゅうございます。こんなに若返られて…。町長から聞いています。さあこちら…っとこのおなごは?」
「ああ、その」
「クロエじゃ。アーサーの付き人である」
「この子も一緒に入れてください」
「なるほど、では、おふたりともこちらへ」
衛兵が背丈の二倍ほどもある木の扉を押すと、ぎぃ、という音が城の中に響いた。
衛兵が体重をかけて、押しているところをみると、分厚い扉なのだろう。
俺はふと城を見上げた。
下から見ると、四連の塔が、深い青色の空を貫くように高く感じる。
大通りからみた旗が、強い風にあおられ、ばたばたと音をたてている。
これがセント・ソクラテスの紋章だろうか。
あの爺さんが。
ん。
なんだ。
旗をすり抜けて…。
何か落ちてきた?
「アーサー、横に飛ぶんじゃッ!」
ーッ!
とッ!
とっさに飛んだけど、サルエルパンツが切れてるッ!
「覚悟ッ!」
俺のすぐ横に、ナイフの切っ先をこちらに向けた、薄い紫色の髪を左右で束ねた女が、凄い形相で立っていた。
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