第3話 ゾンビ

 土から生えきった棺は、地上1メートルほどのところまで浮かび、ゆらゆらと左右に揺れている。

 中にいる生物は、皮膚がところどころがただれて、筋肉が見えている。

 その筋肉の上をミミズが這えずりまわり、ハエが飛びまわっている。

 目はトマトを3日間煮詰めたぐらいの深い赤色で、剥げ散らかった黒い髪で覆われている。

 この生物のビジュアルを総括すると、腐っている、という表現がピッタリだろう。

 これが、棺の中に収まり、うめき声をあげながら頭をブンブンと振り回している。


「フグゥゥォォォッッッ!」


 という大きな声と共に、棺から飛び出し、両手をついて地面に着地した。


「おっさん、これ、あんまり見ない生物だな…」

「ゾンビじゃな」

「うっそだろ」


 ゾンビは両手を空に掲げ、拳を握り、そのまま腰のあたりまで勢いよく腕をおろし、雄たけびをあげた。


「フギャゴォォォォッッッッ!」


 あ、なんか、こっちに顔向けた。

 これ、ヤバいやつやな。

 やばいやばいやばいッッッ!


「おい、アーサー!お前走り出して、逃げる気か!?」

「当たり前だろ!ゾンビって何だよ!」

「戦え!」

「バカいうな!」

「お前は騎士じゃぞ!」

「そんなこと言われて、はいそうですか、って納得できるか!あと、アーサーって呼ぶんじゃねえ!」


 とにかく走るッッッ!

 全力で走るッッッ!

 ぬかるみで足を取られて、うまく走れないし、草が引っ掛かって邪魔ッッッ!

 それに、さっきから石だとか棺の破片だとか、色んなものを踏んづけているッッッ!

 はずなんだが。

 なんでだろう。

 全然痛くない。

 それに、信じられないくらいに身体が軽い。

 羽が生えたみたいに、足がくるくる回る。

 俺、こんなに足速くねえよ。

 

 腕を振って走り続けながら、後ろを確認する。

 さっきのゾンビが、手をブンブン振り回して、こちらに向かって走ってくる。


「うっそだろ!?ゾンビって足遅いじゃねえのッッッ!?」

「足が速いゾンビもおる。最近のトレンドじゃ」

「トレンドってなんだよッッッ!?」

「バイ○ハザード以降くらいじゃな」

「そんな説明いらねぇよッッッ!」


 とにかく走る、が、足を取られる。

 このまま走り続けても、いつか追いつかれる。


「フグォァァァァッッッ!」


「おっさんッッッ! 何か手立ては無いのかッッッ!?」

「戦う気になったか!」

「仕方ねえだろッッッ!?」

「お前、追い込まれると口が悪くなるの…」

「うるせェッッッ!」

「お前を騎士として転生させるときに、武器の能力を持たせておいた」

「武器ッッッ!?」

「アーサー、拳を握り、パンチを繰り出すみたいに腕を伸ばして、すぐに引っ込めろ!」

「走りながらできんのかッッッ!?」

「問題ない!」


 くっそ、もうさすがに疲れてきたし、おっさんの言葉に頼るしかない。

 拳を握って、腕を伸ばして、引っ込める。

 あれ。

 もう一回、拳を握って、腕を伸ばして、引っ込める。


「何も起こらねぇよッッッ!?」

「もっと素早く!脇をしめて!えぐり込むように!」


「ギャゴォォォォッッッ!!」


 声が近くなってるッッッ!

 ダメだダメだダメだッッッ!

 早く早く早くッッッ!

 脇をしめてッッッ!

 えぐり込むようにッッッ!


 あれ、手に何か感触が、膨らんできて、え、何、木、の棒、の先が、熱いッッッ!?


「なんじゃこれッッッ!?」

「松明じゃ」

「松明ッッッ!?って灯りじゃねえかッッッ!?」

「魔界村では立派な武器じゃ! その松明をゾンビに投げつけろ!」


「フギャゴギャゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッッッッ!」


 後ろ振り向いてって、近いッッッ!

 ああ、もう無理ッッッ!


 俺は立ち止まって振り返り、手に握った松明を投げつけた…はずだったのだが、手からすべり、地面に落ちてしまった。

 しまった、と思った瞬間、視界が夕焼けのように染まり、頭の先からつま先まで、熱湯をかけられたみたいに熱くなった。

 地面に落ちた松明が、草に引火し、燃え上がったのだった。

 一瞬出来た火柱が、近くのゾンビに引火した。


「アギャァァァァッッッ!」


 うめき声、鼻の奥を針で刺したような腐臭、バチバチと焦げる音。


「よくやった!」

「…-ぁあ…はぁ…」


 ゾンビは、燃えながら、床に顔と両手をつけ、土下座のような態勢で倒れている。


「騎士アーサーの実力じゃな!」

「はぁ…はぁ…マジで…ゾンビ…とか…ないわ…」

「何を言っとる。ゾンビ一体など、序の口じゃ。ほれ、止まっておったら危ないぞ」

「ちょっと…もう…」


 肩で息をしていると、一二時の方向と二時の方向で、少し離れた場所の土がまた、隆起してきている。

 振り返ると、真後ろの地面には、棺の頭が顔をのぞかせている。


「うっそだろおい」

「ゾンビは無限に湧き出る。魔界村じゃからの」 


 俺は、さっきの要領で松明を出して、地面に叩き付け、あたり一面を燃やし、走り出した。

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