第二五話 模擬戦闘訓練 1/2

『今後100年間の歴史の動向を決する戦争』

                   ―オーストリア=ハンガリー帝国参謀総長

                   コンラート・フォン・ヘッツェンドルフ―


「なんちゅう強さだ。こちとら一個大隊を投入しているのに、吸血鬼兵五十に負けそうだぞ」

ペタンは机上におかれた地図を前に、半ば諦めじみた恨みを呟く。


「しかも、吸血鬼兵の武装はただの棒っ切れですからね。洒落になりませんよ。小隊単位に小型通信機インカムを持たせてますが、どうにもうまく活用できてないようです。ここまで濃密な連携というのは他に類がありませんからどうしても……」

副官のラザール・ボーディセリ大尉がペタンの恨みに答える。


「西園殿の手引通り、中隊単位で通信情報を総合運用しているが、どうにもこれは難しいようだ。戦争ってやっぱり難しいんだなぁ。うーん……中隊単位で運用するのは厳しいのかな。かといって大隊単位で運用するのはあまりにも大きすぎるしなぁ。指揮が煩雑で大変だろうが、中隊長には頑張ってもらうしかないか」


「報告です!第一大隊との連絡途絶!!此方の呼びかけにも応答ありません!!」


「はぁ。もう、か。これが浸透戦術の威力か」

ペタンは両手で頭を抱える。机に突っ伏し、対応策についての逡巡を重ねる。


第一大隊は恐らく大きな損害を受けてはいないだろう。人的な損害は精々十数人かそこらかも知れない。でも、戦力としてはもうゼロだ。指揮を失った軍隊は群衆と同じ。地図上のその場所には、確かに兵はいる。しかし、彼らはどう行動したらいいのかも分からないのだ。混乱の中、各個撃破されるのが落ちだ。ま、我々はタネを知っているから大隊本部が消滅したところで連隊本部が各中隊の指揮を直接引き継げば済む話なのだが。

まったく。こちらから見れば大隊がまるまる一個消滅するのだから恐ろしい。こんなこと実戦でされたら大混乱だ。ゲーマルトの将校には同情すら覚えるよ。


「第一大隊麾下の各中隊に直接チャンネルをつなげ。連隊本部が直接指揮を執る」


第一大隊の戦力はこれで完全ではないが回復はした。しかし、第一大隊本部が落ちたということは相当奴ら、こちらに浸透しているな。このままでは連隊本部も急襲されるかもしれない。第二大隊を連隊本部の防衛のために一応展開させているが、奴ら相手には時間稼ぎにしかならんだろう。どうすれば良い。どうすれば奴らを止めれる?


「恐らく敵は相当程度こちらに浸透しています。一刻も早く手を打たなければここ連隊本部も危険ですが、如何なされます?」

ボーディセリがペタンの指示を仰ぐ。相手があの人外共とはいえ、流石に連隊が一個小隊レベル(魔法すら奴らは使っていないのだ!!)に負けるのは許されない。早急に対処しなければどうしようもなくなる。


「敵の位置が捕捉できないんだから、どうしようもないなぁ。かといってこのまま負けるのも癪に障る。うーむ、やつら一体どうやって本部の位置を捕捉しているんだろう?」

ペタンは疑問であった。

大隊本部の位置を正確に補足し、狙い撃ちにするなどというのは通常は不可能だ。一体どうやって大隊本部の位置を奴らは捕捉した?

もしや……情報が漏れてる?まさか、通信の傍受か?

通信はすべて魔法通信だが、もしかしてこれ、傍受されたりするのだろうか?

いや、しかし、連隊と大隊間、大隊と中隊間は念の為に暗号で通信している。その暗号をすぐさま解読したとは考えにくい。しかし、奴らが通信を傍受し尚且つ暗号を解読しているという可能性が現時点で最も現実的なのは事実だ。ここは、奴らに通信が筒抜けであるとの想定で行動すべきか。

とすれば、偽の情報を流して奴らを誘導できるかもしれない。どうせこのまま座して死を待つぐらいなら勝負に出てやる。あんな小娘(実際の年齢は知らないが、まだ若いことには若いだろう)に負けたとあったら、面目が立たない。


「……第二・第三大隊に通達。連隊本部を地点B―2へ移動する」


「はっ。しかし、よろしいので?移動地点を通信で明けっ広げにしてしまっても」


「良い。おそらく敵には通信が筒抜けだ。逆に誘い込んでやるさ。

第二・第三大隊にで通達。地点B―2にて敵を誘引せよ。偵察に出していない残存する魔法中隊も全て使ってくれて構わん。砲兵も持っていけ」


「なるほど、了解いたしました」


「一応、予備としてド・ゴール君の中隊は残すように。万が一に備えてここの防衛をしてもらう。あと、第一大隊麾下の各中隊はこちらにくるように早馬か魔法兵か、兎にも角にも口頭で伝えてくれ」

ペタンは副官のボーディセリ大尉にテキパキと指示を伝えた。しかし、実は通信が筒抜けであるというペタンの読みは間違っていた。そして、連隊本部の防衛につかせていた第二大隊を引き離したことは大きなミスとなる。西園春菜率いる吸血鬼達は通信を傍受せずとも連隊本部の位置を完璧に掴んでいたのである。ペタンが指示を出していた丁度その時、吸血鬼達は連隊本部の直ぐ側にまで近づいていた。ペタンは通信通りに連隊司令部を移動すべきだったのだ。


「侍従殿。斥候からの報告なんだけど、なんか勝手に連隊本部の防衛についていた一個大隊が移動し始めてるんだけど。これ、どういうことなんだろう?」

吸血鬼兵を束ねるシャンデル・メンギア少佐は小型通信機インカムを通じて西園春菜に報告、相談する。


「ここで、連隊本部を丸裸にするとは……何かあるのか?第一大隊長はなんか言ってたか?松本君?」


「いえ、何も言ってませんでした」

松本裕太も小型通信機インカムを通じて春菜に報告する。

――因みに春菜だけは参謀室で松本とメンギアらは前線にいる。人間である松本が前線にいる理由はメンギアがフランス語を喋れないからである。実は、松本裕太と西園春菜にはこの世界に転移した際に特殊技能主人公補正を与えられている。春菜はそこそこの魔力と東方の三賢者マギに所属している偉人、賢人からの教育、そして多言語の自動翻訳能力を与えられている。一方、松本には多言語の自動翻訳能力だけが与えられている。そういう訳で、松本は人間の身でありながら前線に出ることを余儀なくされているのだ。メンギアを始めとする吸血鬼よりもまだマシな頭をもっているので通訳兼補佐役をさせられている。死にそうになりながらも吸血鬼達の戦闘についていかされているのだから、可哀想である。さらに、模擬戦闘訓練とはいえ、ガリアの面々は実弾を使用しているので一歩間違えば本当に死んでしまう。一応保護魔法をかけられているとはいえ、それも完璧ではないのでマジで危険である。本作品は主人公にひどく厳しいのだ――


「まぁ、メンギア少佐の『魅力』にかかって聞き出せないことはないか。だとしたら、これは本来の作戦行動にはなかったものと考えるのが妥当だろう。第一大隊が消滅して空いた戦線を埋めるため?いや、それは意味が無い。あのペタン大佐ならもう我々が相当程度浸透していることは分かっているはず。にも関わらずなぜ第二大隊を連隊本部から引き剥がした?空城の計でもやるつもりか?」


「あー長い。もっと短くまとめてくれ。三文以上文章が続いたら頭が痛くなる」


「これだから、貴方達吸血鬼は。長生きなんだから、もうちょっとがm」


「はっはっは。そんなに褒めるなよー照れるだろー」


「……我慢というものを覚えるべきだな。

さて、うん。多分だが、その一個大隊は何らかの作戦に出ているだけだ。意図は不明だが、我々には関係ない。追跡して連隊本部からだいぶ離れたことを確認したら、連隊本部に突入を。連隊旗を回収すれば我々の勝ちだ」


了解りょー。よし、連隊旗を燃やしてやる」


「いや、それはちょっと……流石にヤバイですって」

松本がメンギアの血気盛んな行動を諌めようとする。連隊旗を燃やしてしまってはこれからの作戦に精神的な支障が出てくるからだ。


「えーなんでだよー。やつらの大事なものを燃やしてやろうぜ」


「だからですよ!!連隊旗は命よりも大事って貴方がたなら知ってるでしょう!!」

連隊旗は連隊の歴史と誇りを象徴するものであり、何者にも増して重要なのだ。だから、敵の連隊旗をもし奪えば戦果として計上することも出来る。それほど大事なものを燃やしてしまえば、彼らをガチで怒らせてしまう。今でさえ、あまり仲は良くないのに、これ以上関係が悪化してしまえば共同して作戦を行うことは不可能となるだろう。


「旗は燃やすもの。死体は串刺しが常識でしょ?」


「それ貴方達だけの常識ですから!!これだから中世の生き残りは!!」


「えーなんかやる気なくなってきたな」

そうだー、そうだぞー。給料よこせー。褒美をよこせー。昔は略奪できてよかった。

メンギアの部下達も口々に褒美を所望した。というか、物言いが非常に物騒である。


「野蛮人だなぁ」


「なんか、欲しいなぁ。そうだ、処女ヴァージン童貞チェリーの血が欲しいな」


「なら、あげよう――」

えっ。春菜がメンギアにそう答えたのに松本は驚いた。

会長、そこまでするんですか?本気マジですか?

というか、会長が血をあげるということは、会長は処女!?

何か知らんけど、これは朗報のような気がする。

松本は少しだけ浮足たった。春菜が処女であれば、きっと春菜には彼氏が居ないということが推定されるからである(といっても、春菜が結婚まで純血を守るというプラトニック・ラブを信条としていたらこの推定は意味が無いのであるが)。

しかし、次の一言で松本の浮足は両足ともバッサリと切断される。


「――松本君の血を」


「えっ」

松本はこれまた驚いた。その驚きには二つの意味が込められていた。

一つは、メンギア達には春菜の血ではなく、自分の血が与えられるということ。

二つは、春菜が自分を童貞だと認識しているということである。

前者はそんなに問題ではなかったが、後者は非常にナイーブな主人公の心に拭いがたい傷を負わせた。というかもう真っ二つである。両足切断、心は一刀両断。あえてフォローさせてもらうならば、童貞と思われているのは、松本の生まれつきの諸能力に由来するところもなくはない。しかし松本自身の責任は拭い難く、言ってみれば自業自得のところもなくはないが……いや、これ以上言うのは酷だからやめておこう。

その身に漂う童貞の匂いは彼に染み付いていたのである。

彼の両手は女性の柔和な肌に触れたこともなければ、思春期の少年が抱く隠された秘部に対する無限の憧れもまた幻滅の憂き目にはあっていなかった。近代化の果てに抑圧された生命の秘儀は彼の中では未だに神秘のベールに包まれていたのだ。

……かっこ良く言ってみても、やっぱり童貞は童貞である。この問題は非常に微妙なものであり、これ以上触れるのは良くないだろう。やめておく。


「おぉー。そうか、くれるのか。ちょっとやる気出てきた。松本の血はうまそうだからな」


「それ褒め言葉だと思ってます!?」


「おーい、みんなー。連隊旗を手に入れた奴は松本の血がもらえるらしいぞー」

まじですか。いやぁ、一回飲みたかったんですよねぇ。

吸血鬼たちは非常に物騒な言葉を口々にする。ギラリと野獣のような鋭い眼光が松本に注がれる。

うわぁ……厭な目。これならまだペタンの眼のほうがマシだよ………

ペタンのような知的な鋭さのほうが、元来もやしっ子である松本には耐性があった(実際、世界史教師の田村によって彼はその点鍛えられていた)。平和ボケした現代日本で過ごしてきた松本にとって、野獣のような眼光はほとんど初めて見るものであった。彼は蛇に睨まれた蛙の心境を人生初めて体験していたのである。


「姉御、お話のところ失礼します。追跡班からの報告です。追跡していた一個大隊は別の一個大隊と合流。一個中隊が抽出されて、丘陵の林の中で何故か設営中。残りは丘陵から離れて布陣しているとのことです」


「んあぁ?なんだそりゃ。全く意味が分からん。一個中隊が設営中だと?まだ飯時でもないし、お天道様も沈むには早すぎる。しかも、二個大隊が訳もなくそこに布陣しているとはどういうことだ。……んー。どう思いますか、侍従殿?」


「誘引戦術……と見るべきだな。恐らくその一個中隊は囮だ。囮に引っかかったら二個大隊で包囲。タコ殴りにするつもりだろう。随分と古典的なやり方であのペタン大佐がするにはいささか露骨な気がするが……なにか他に意図があるのか?いや……ない、か。因みに、二個大隊の位置はどこだ?」


「侍従の姉御、地点62‐72と86‐64です」


「……やはり、あのペタン大佐だ。絶妙な位置に布陣してるな。片方の大隊はだいぶ連隊本部から離れているが、もう片方は連隊本部寄りだ。連隊本部を急襲されても対応できる布陣。隙がない……が、連隊本部の防衛はどうなっている?」


「見える分には一個小隊以下だが……しかし、なにか作為的なものを感じる。勘だが、一個中隊はいる気がするな」


「三〇分以内に制圧できるか?」


「できる。楽勝よ。ガリアの弱兵など目ではないぞ」


「ふふっ。これは心強い。では、お願いする。一応言っておくが、三十分以内に制圧しないと一個大隊が増援に来て包囲される危険がある。気をつけて」


「ハッハッハ。心配ご無用。五分で制圧してやりますよ。

おい、者共。予行演習だ。相手はガリアのひよっこ共。戦争メインディッシュを食する前に前菜として死胎蛋バロットを頂くとしよう。連隊旗を獲った者には食後のデザートとして童貞の冷製血スープがつくぞ。

では、諸君。

――状況を開始せよ」

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