貎圓斗軍斑欄度瑠王國侵攻―リヱイジユの戰い―
第二〇話 リエージュ要塞攻防戦 1/4
『私たち[ライト兄弟]は浅はかにもこの世に長い平和をもたらしてくれるような発明をと願っていました。ですが、私たちは間違っていたのです』
―オーヴィル・ライト―
「クソッタレが!!!
ゲーマルトの野郎!!バカスカ大砲を打ちやがって!!」
フランドル王国の一兵卒は観測所からゲーマルト軍がいる方向を見ながら悪態づいだ。
一定間隔毎に砲声と、大地を揺るがす衝撃が響き渡る。
こちらの要塞砲の発砲音と相手の野砲の着弾音が
この砲弾の撃ち合う状況下では、歩兵に出来ることは何もない。
フランドル王国軍の一般兵士は揺れる堡塁の中でただ耐え忍ぶしかなかった。
「さっきみたいに突撃してくれたら楽なのに!!」
別の一兵卒が大砲の着弾音に負けじと精一杯叫ぶ。
「でも、これはこれで良いんじゃないのか?
俺達の任務は時間稼ぎだ。勝つことが最終目的ではない。」
眼鏡を掛けた一兵卒が述べる。
フランドル王国の正規兵は分かっていた。
数が違いすぎるのだ。
考えれば考えるほど、何をどうやってもフランドル一国でゲーマルトを屈服させるのは無理であるように思われた。
しかし、彼ら勇敢なフランドル王国兵はそれでも諦めないで頑強に抵抗した。
なぜなら己の使命が時間稼ぎだと気づいていたからである。
戦いは絶望的ではあった。だが望みはあった。
人は自らの死力が報われると思うとき、思わぬ力を発揮できるのだ。
「ちくしょう!!そこでずっと大砲を撃ち続けていればいいさ!!
どうせここまで砲弾は届かないのだからな!!」
難攻不落、欧州最堅と謳われたリエージュ要塞大小一二の堡塁は当時存在していた通常の野砲では撃ちぬくことが叶わなかった(もっとも通常の野砲では、の話であるが)。
「でも、先日バルション堡塁が敵の突撃を受けて陥落したしな……油断は禁物だぞ。いつ奴らが総攻撃をかけてくるか分かったものではない。見張りの俺らがしっかりしなくては……」
しっかり者の一兵卒がそう言いながら観測所の見はり窓から双眼鏡を覗き込んで遠くを見やる。夏の澄み切った碧が目に飛び込んでくる。一瞬目がくらみ、視界は明滅を繰り返した。空の碧と雲の純白が鮮やかな
戦争なんぞをしていなかったらなんと素晴らしい風景だろうか。
この聞こえてくる砲声と腹に効く衝撃がなかったらなんと素晴らしいことだろうか。
しっかり者の一兵卒は溜息を人知れずついた。
その時、雲の白色を背景に黒い点が三個あるのに気がついた。
目にゴミが入ったのではないか、或いは疲れているのではないかと思い目をこする。
しかし、黒い点はますます大きくなった。
こちらに近づいているのだ。
その瞬間、一兵卒はその正体に気づいた。
大空の要塞。『飛行船』であったのである。
「
しっかり者の一兵卒が双眼鏡を覗き込みながら金切り声のような悲鳴を上げた。
「なにっ!!司令部に連絡だ!!爆撃を受けるのはゴメンだぞ!!」
別の一兵卒が急いで司令部に内線をつないで事の次第を報告する。
報告が済むと、飛行船に向かって数十人の『魔法使い』が飛行船に向かっていく。
箒にまたがり、古式ゆかしい黒服のマントではなく厚手の近代的な軍服を着込んだ「魔法使い」。彼女ら「魔法使い」の目にはゴーグルが掛けられ、手には革製の手袋をはめ込まれていた。
否、彼女らを「魔法使い」と呼ぶべきではないだろう。
彼女らはもはや俗信と迷信が支配する世界の住人ではない。
彼女らはもはや理性と技術が支配する世界の住人なのだ。
近代化され、標準化され、組織された「魔法使い」は『魔法使い』ではない。
彼女ら『
遅れて三つの飛行船からも十数個の黒い影が出てくる。
飛行船直庵機十数機と共にフランドル魔法兵を迎撃する。
「そんな数で出てくるとは、この死にたがり共め!!
『
ゲーマルト帝国側の魔法兵が杖を振り、『標準化』された魔法を発動する。
フランドル軍魔法兵が爆発に巻き込まれ数人吹き飛んだ。
何もない空間で突如噴煙が巻き起こり、次々と更に数人が跡形もなく飛び散った。
碧いキャンパスに赤い爆炎と赤い血飛沫が飛び散る。その風景は一種蠱惑的な美しさを見せた。人が死んでいるのに、人が吹き飛んでいるのに、それがなぜか美しく見えた。もっとも戦闘の当事者はそれどころではなかったのであるが。
「くっ!!
この距離で、しかも
各自散開!!
以上!!」
連隊指揮官は魔力駆動の
密集隊形をとっていた集団はバラバラに分かれ、帝国軍に迫った。
『
フランドル魔法兵も先行する直庵機に向かって魔法を発動する。
黒煙を吐く飛行機の残骸は碧いキャンパスに新たな色彩を加えた。
しかし、残りの急速に近づいてくる飛行機から機関銃が掃射される。
機関銃の銃雨がフランドル兵に降り注ぐ。機動力の高い魔法兵とはいえ、幾人かが回避しきれずに被弾して碧に鮮血を散らして墜落する。
機関銃掃射の後、直庵機はフランドル魔法兵の間を縫って通り抜けた。
直庵機がフランドル魔法兵をすり抜けると、フランドル魔法兵と帝国魔法兵がちょうど正面相対する格好となった。
フランドル王国軍第三師団第一魔法連隊計九二名、
ゲーマルト帝国軍ミューズ軍団第五、第六魔法大隊計七一名。
大戦勃発後、最初の魔法兵同士の戦闘である。
「
第一大隊指揮官が指示を飛ばす。
「
押し通りなさい!!」
「
無茶はするなよ!!適当にあしらえ!!」
各大隊指揮官が次々と指示を与える。
第一大隊が直上し、帝国魔法兵を飛び越えようとする。
すると、帝国兵の一部がその意図を察し、本隊から別れてそれを阻止しようとする。
「――!!
第二大隊の指揮官も帝国兵の意図を察し、それを阻止しようとする。
第三大隊が敵集団中央に接敵、
それに少し遅れて第二大隊が敵集団上部に突撃、接敵する。
以後、二個大隊と二個大隊との正面きった近接肉弾戦に移行した。
近距離での魔法の撃ち合いが行われる。
電撃魔法や火魔法、水魔法、氷魔法、風魔法が飛び交い、混戦混迷の様相を呈する。
様々な色がキャンパスを埋め尽くした。蠱惑的な美しさはもはや感じられ無い。色が混ざり合い、それはヘドロ色に変わりつつあった。ただただ醜悪で残酷で最低な殺しあいであった。また一人、また一人とフランドル魔法兵が墜落していく。
練度が高い帝国魔法兵がつぎつぎとフランドル魔法兵を撃墜したのだ。
なれど、帝国兵が第二、第三大隊の対処に負われている間に第一大隊は帝国兵を飛び越えることに成功した。
飛行船直上から第一大隊は
がしかし、飛行船上空には地上からの帝国魔法兵の援軍が丁度到着していた。
その数およそ二個大隊(七〇名前後)。
第一大隊指揮官は、一個大隊では突破は厳しいと判断した。
だが、ここで足踏みをする訳にはいかない。
なぜなら、奇襲の優位は時間的経過によって失われるからである。
本来ならば、たった一個連隊でここまで飛行船に近づけるものではないのだ。
(事実、帝国軍は油断していた。まさかフランドル軍が
そこで、第一大隊指揮官は次のように指示を下す。
それがどんなに危険なことか分かっていても。
「
そのまま
第一大隊指揮官の号令によって三六人の魔法兵が飛行船に突撃する。
その前に帝国魔法兵が立ちはだかる。
「吠えるな、弱兵が!!
『
杖の先から雷光が轟き、フランドル魔法兵の多くが地に落ちていく。
しかし、それでもフランドル魔法兵は一心不乱に突撃する。
「陣形を崩せ!!下級魔法をありったけぶち込め!!
『
第一大隊指揮官が指示を飛ばす。
次々と帝国兵へ火の玉や稲妻などが撃ち込まれる。
「(なんだってこんな回避可能な下級魔法を……まさか!!)
総員陣形を乱すな!!最小限の回避運動を採れ!!」
帝国軍の大隊長はフランドル軍の意図に気づいた。
しかし、魔法兵同士の戦闘の展開は早く、また酷く流動的であった。
その指示を出した時にはもう既に手遅れだったのである。
帝国魔法兵の少数の例外を除き、多数は大胆な回避運動をとって下級魔法を難なく避けた。
「今が好機だ!!突っ込め!!」
フランドル魔法兵は寡兵ながらも、その二倍以上に当たる帝国魔法兵に急転直下突入する。もはやこの時点で両軍とも陣形といった陣形はもはや維持してはいなかった。
しかし、こうした状況はフランドル魔法兵に対して有利に働いた。
陣形を有していない集団を突破するのは、陣形を組んだ集団を突破するよりも遥かに簡単だったのである。フランドル魔法兵の前に存在した障壁は穴が無数に空いた崩れかけの障壁でしかなかった。
「クソッやられた!!反転せよ!!
奴らを止めろ!!
ゲーマルト帝国指揮官の指示も虚しく、上から下に最高速度で通り抜けたフランドル魔法兵に追いつくことは不可能であった。
数人が通過途中に帝国兵に撃墜されたものの、フランドル魔法兵の損害は軽微であった。
『
飛行船上部に取り付けられた対空機関中の弾幕の間を縫いつつ急降下するフランドル魔法兵が口々に魔法を発動する。
三隻の飛行船上部に爆発がそれぞれ数か所起こる。
一隻は幾つかの装甲板が吹き飛んだだけであったが、二隻は装甲板が吹き飛んだだけでなく飛行船内部のガス袋に引火した。
たちまち二隻の飛行船は火に包まれ、急降下していく。
キャンパスはヘドロ色から真っ黒な黒煙と燃え上がる炎一杯で上書きされた。
巨大な燃える要塞が大きな音を立てて地面に激突する。
「総員、空域から急速離脱!!
作戦成功!!作戦成功!!二艦撃墜!!これより我が大隊は離脱する!!」
「
作戦成功!!作戦成功!!これより撤退する!!
連隊長は第一大隊長からの通信を聞いて即座に撤退命令を出す。
だが、連隊長は撤退が難しいと判断する。
集団戦はまだしも、格闘戦に関しては帝国魔法兵の練度が高過ぎるのだ。
同等だったはずの戦力は、たった十分以下の交戦で三対二になっていた。
そこで第二大隊を
撤退は熾烈を極めたが、最終的に連隊指揮官の思惑通り、この撤退は成功した。
第二大隊を半分をすりつぶしたが、第三大隊の命は救われた。
そして、飛行船が墜落したのと丁度時を同じくして、リエージュにゲーマルト帝国が保有するある兵器が持ち込まれる。また、後にゲーマルトの英雄となるある人物も歴史の表舞台に一躍躍り出ることとなる。
一方、辛くも飛行船団に損害を与えることに成功したフランドル軍ではあったが、さらに厳しい戦いを強いられることになるのである。
戦争の歯車はゆっくりと、しかし着実にその回転速度は早くなっていく。
歴史は歩みをすすめる。といっても、その場をぐるぐる回っているだけであるが。
その言葉の真意はいつか明らかになるであろう。
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