第十六話 『大戰爭勃發』


『一人の駅員が立っていて、誰も駅の構内に立ち入りを許されない、と言うのだった。しかし、私はすでに、念入りにカーテンをおろされた扉のガラスの窓の背後に、サーベルのがちゃがちゃいうかすかな響き、銃床を置く固い物音を聞きつけた。もはやまぎれもない。途方もないことが進んでいるのだ。国際法のあらゆる条項に違反してドイツのベルギーへの侵入である』

                 ―シュテファン・ツヴァイク『昨日の世界』―



「諸賢、我々はいま国家存亡の岐路にある」

フランドル王国国王アルベール一世は御前会議において開口一番こう切り出した。


首相以下、閣僚の面持ちは悲痛なものであった。


弱小国家の苦難。

欧州の十字路としての運命。

繰り返される歴史……


小国フランドルは大国の騒乱にまたしても巻き込まれようとしていたのである。


国王は続けて言う。

「我が国はゲーマルトの最後通牒を受け入れることができない」


フランドル王国は難しい判断を迫られていた。

ゲーマルトの最後通牒に膝を屈し,ゲーマルト軍の侵入を黙認するか、

それともゲーマルトの最後通牒を蹴り、ゲーマルト軍と一戦交えるか、である。


彼我の戦力差は甚大であり、フランドル軍がゲーマルト軍相手に万に一つでも勝利する可能性はゼロであった。

戦力差は推定1対20。

更に練度、装備共にフランドル王国軍は低劣であり、欧州最強の陸軍国家であるゲーマルトと比べるまでもなかった。


練度、装備、動員兵数、あらゆる点でフランドルはゲーマルトの後塵を拝していたのである。


だがしかし……、アルベール一世はゲーマルト軍の最後通牒を受け入れるつもりはなかった。

その選択が茨の道だと知っていても、その選択がフランドル国民を苦しめることを知っていても、彼はゲーマルトに膝を屈するつもりはなかった。


なぜならフランドル王国の中立宣言は国是であり、ひいては国民の総意であったからである。


「はい、閣下。中立を宣言している以上、ゲーマルト軍の国内通過を黙認することはできません。その選択は国是の放棄であります」

首相は述べる。


「しかし、我軍だけではゲーマルト相手に時間稼ぎすらも怪しいというのが実情であります。難攻不落と言われるリエージュ要塞などの防衛施設も整備が脆弱でありまして、一体どこまで耐え切れるかは………」

陸軍大臣がフランドル王国軍の現状を述べる。

ゲーマルトが近年軍事費を増大しているのに合わせ、出来る限りのことはしたフランドルではあったが予算という厳然たる限界があった。

普我戦争以来、約半世紀続いた平和に慣れきった国民に巨大な軍事費を負担させようと思っても土台無理な話であったのである。


外務大臣が提案する。

「ガリアからも軍の通行許可申請がなされています。ゲーマルトが攻め込んでくる前に彼らを自国内に手引すれば戦いを有利にもっていくことが出来るかもしれません」

ガリアはゲーマルトがフランドル王国に進入するだろうという見通しを立てていた。

ガリアにとってフランドルの失墜はガリア北部、つまりは首都パリに対する大きな脅威となり得、看過できるものではなかった。

そこでガリアはフランドル王国に軍の駐留許可を求めたのである。


フランドル王国にとって、単独ではゲーマルトに勝てない以上、ガリアに頼る選択肢は純軍事学的観点に立てば悪くない選択である。


が、しかし。

アルベール一世は政治的観点からその提案を

「その提案は受け入れられない。


我が国は中立国である。

どこかの国にくみするようなことはしないし、どこかの国にくみされるようなこともしない。

我が国は、我らフランドル王国民は、あらゆる国家からの侵害に確固とした信念と決意を持ってそれに抗う。

『私はわが国の運命に自信がある。自らを防衛しようとする国家はすべてを克服できる。そのような国家は決して滅びない!

フランドルは道ではない、国だ!!』


開戦準備を整えよ!

国境線の橋を落とせ!!線路を爆破せよ!!

ゲーマルトの侵略に断固として抵抗せよ!!」


「はっ!!」


アルベール一世のこの一言を持って、フランドル王国はゲーマルト、ガリア両国からの軍隊通行許可申請を拒絶した。


八月四日、最後通牒を拒否されたゲーマルト帝国はシェリーフェン・プランに基きフランドル王国に侵入する。

これと時を同じくしてブリタニア連合王国はゲーマルトに宣戦布告。


大戦争ザ・グレートウォーの勃発である。


フランドルに進入する前、ゲーマルト軍上層部はフランドル王国の抵抗は取るに足らないものであり、せいぜい国境線に抗議の意を示すため軍が整列しているぐらいだろうと高をくくっていた。


しかし、彼らの眼前には士気旺盛、頑強無比なフランドル王国正規兵が待ち構えていたのである。

さらに、アルベール一世は


「国家の危急に際して国軍とは、其れ即ち国家である」


と述べ、攻勢主義的な参謀本部に大規模な攻勢禁止を厳命。

フランドル軍は国境線に築かれた要塞に立てこもり頑強に抵抗、また戦力の温存を図り整然と撤退した。


軍の消耗抑制と秩序だった撤退行動によりアルベール一世はイーゼル川の一角を死守する。


つまり、アルベール一世は絶望的な戦力差であったにもかかわらず「国土」の一部を防衛することに成功したのである。また、戦力を温存できたことにより大戦中フランドル王国は一定の発言力を保つこととなる。


一方、攻勢精神エラン・ビタールに取り憑かれたガリア軍は機関銃を前に無意味な突撃を敢行。夥しい死体の山を築く。




八月五日、リエージュ要塞に向かって砲声が鳴り響く。


巨大な歯車は遂に人間を磨り潰し始めたのである。

強大な理性は遂に大戦争を引き起こしたのである。


百年の悲劇はこの砲声から始まった。

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