大戰壹年目―一九一四年―
羽羅起亞大王國西歐州派遣軍
第十七話 ワラキア大王国西欧州派遣軍
『奇妙な信念だ。最初の試験で挫けるとは!何ということだ!彼ら[ドイツやフランスの社会主義者]の内のただ一人でも、国家間の戦争で死ぬよりも、自己の主義のために死ぬ方を選ぶものはいないのか!……まるで一つの狂気のようだ……』
―ロマン・ロラン『戦時の日記』―
「おい、あいつらはなんだ。」
赤と青の派手な軍服に身を包んだ一兵卒が傍らの同胞に語りかける。
「しっ!声が大きいぞ。死にたいのか!!」
声のトーンを落として同胞は答えた。
「そんなこといわれても…なんだってあいつらは……」
一兵卒は人差し指を恐る恐る、その黒尽くめの集団に向ける。
身が焼けるような灼熱の太陽が容赦なく射す夏の昼下がり。
そこには明らかに不釣り合いな格好をした集団がいた。
ガリア正規兵の軍服ではなく、黒を基調とした軍服に身を包んだ集団。
灼熱の中、袖をまくることもせずにびっちりと軍服を着込んでいる集団。
日傘を指してはいるものの、そんな格好でも汗を一切流していない集団。
明らかに「異様」であった。
しかし、一介の兵卒の目から見ても彼女らは常勝無敗、百戦錬磨の精鋭であるように思われた。
周囲の警戒を怠らないその立ち居振る舞いといい、醸し出す威圧的な雰囲気といい、一般の雑兵ではないことは確かであった。
そして事実、一兵卒の観察通り彼女らは欧州最強の古参兵であったのである。
――『ワラキア大王国近衛師団』
欧州の軍人であればその名を知らぬものはいない。
あの
あの全盛期のオスト=マルクを跳ね返した精鋭。
欧州の軍事史に名を残す伝説の軍隊である。
「ばかっ!やめろ!お前、本当に知らないのか??
あの吸血鬼国家の精鋭部隊だぞ!!」
そう言いながら、軽率にも彼女らに指を指した一兵卒の腕を、同胞は遮った。
「なっ!!あの串刺し公の私兵共か!!」
一兵卒の顔はみるみる驚愕の色に変わった。
と同時に、同胞の顔からは血の気が引いた。
二人の騒ぎが気にくわなかったのだろうか。
驚いたことに、黒尽くめの集団の中のある一人が、哀れな一兵卒たちの方に歩いてきたのである。
豊麗(といっても胸は普通な)な女性が二人に近づく。
彼女は如何にも不満有りげであった。
ツインテールをぶんぶん振り回しながら、端正な顔立ちが苛立ちのせいか少し歪む。
「なんだ!!用があるなら面と向かって言え!!」
一兵卒よりも小柄な欧州最強の古参兵が怒鳴りつける。
「ひぃ!!」
一兵卒らが悲鳴を上げる。
「なんだ、だらしないなぁ!!軍人だろ!!シャッキとしないか!!」
「ひいいいいい!!」
一兵卒らの目には涙が溜まる。
その態度に益々腹を立てたのか、彼女のツインテールが益々振り乱れる。
「ああもう!!それでもガリアの軍人か!!仮にも正規兵だろ!!戦闘教義を思い出せ!!
煌々と強い眼光が一兵卒らに突き刺さる。
「ひいいいいいいいい!!お助けええええ!!」
大の男二人がこらえきれなくなり、抱き合って叫んだ。
事態がここに至り、騒ぎの次第を固唾を呑んで見守っていた取り巻き達は、遂にライフル銃を構え始めた。
十数の銃口が黒尽くめのツインテール少女に向く。
「
分隊長と思われる長身痩躯の男が少女に向かって叫ぶ。
「チッ。めんどくさいなぁ……たくっもう………
本当にやる気?死ぬよ?」
まだあどけなさが残る少女が舌打ちをしながら分隊長に向き合って答える。
その答えは
「
「チッ…ガリア語なんてわかりゃあせんよ。
よし、しゃあない。やってやるか。」
対話は不可能だ、そう彼女は結論づけた。
さて、このように対話が決裂、或いは不可能である場合、
それはつまり、『実力の行使』である。
「おい……ガリアの弱兵ども。
本気で狙え。本気でかかれ。本気で殺せ。
――でないと、死ぬぞ?」
その瞬間、ツインテールが逆立ち、小柄な彼女の身体から赤黒い薄い布のようなものが噴き出してきた。
魔力の奔流。本来、魔法使い以外には不可視であるはずの魔力の顕現である。
分隊長はそのオドロオドロしい様を見てすぐに命令を発する。
「
――因みに、この時代における対魔法戦の鉄則は、反撃の隙を与えず、尚且つ必ず仕留めることにあった。故に、この時点での分隊長の判断は模範解答であるといえるだろう。
魔法兵の長所はその火力と機動力にある
この時代、個人が携行しうる火力は乏しかった。
しかし、魔法使いは軽々とその限界火力を超える火力を有していた。
それだけではない。
二次元的な動きしかできない歩兵と違って、魔法使いは空を飛行することによって三次元的な動きが可能であった。
莫大な火力と機動力の高さ。
魔法兵は単体では限りなく最強の兵科である。
が、しかし。魔法兵は一つだけ弱点があった。
それは耐久力の低さである。
魔法を使えると言っても、所詮は人間。
ただの弾丸一発で容易に戦闘不能となりうる。
がしかし、今回の場合、気の毒なことにその唯一の弱点すらも存在しなかった。
なぜなら、眼前の彼女は、不老不死の
吸血鬼だったからである。――
数十の弾丸が彼女に襲いかかる。
至近距離での発砲、それも正規兵の斉射である。
放たれた銃弾の殆どが彼女に命中した。
さらに、分隊長以下、分隊員はすかさず次弾を装填し、発射する。
可憐な少女の身体は
だが、それでも彼らは斉射をやめなかった。
というのも、ガリア正規兵である彼らは十分承知していたからである。
そう、吸血鬼の不死性を。
だからこそ、自分の持ちうる全ての火力を目の前の化物にぶつけた。
彼らは八発の弾倉が空っぽになるまでなるまで連射を続けた。
少女であった何かが地面に転がる。
四肢のうち、左足と右腕、左手首が吹き飛んでいた。
人間であれば
「
分隊長は
吸血鬼とはいえ、生物である。
生物である以上は必ず死ぬ。
不死はあくまでも比喩であって、厳密には真実ではない。
然り、それは確かに真である。
吸血鬼の弱点は日光である。
ならば、この灼熱の日光は吸血鬼の不死性を緩めるはずだ。
然り、それは確かに真である。
故に、目の前の吸血鬼は死んだ。
否、それは偽である。
「――なかなかどうして…やるじゃあないか。
いたいけな少女に向かって無慈悲にライフルをぶっ放すその根性は悪く無い。
次弾を速やかに装填し、
連続射撃にもかかわらず、私に殆どの弾丸をぶち当てるその技量は悪く無い。
ただ、相手が悪かった。」
地面に転がっていた何かはみるみるうちに人の形を取り戻す。
左足が、右腕が、左手首が……形を取り戻す。
人の形をした化物はムクッと立ち上がった。
酷く歪んだ口元から酷く発達した犬歯が覗く。
その後方数十メートルでも、日傘の影に隠れた黒服の集団が白い口元を覗かせる。
分隊長の頬に冷や汗が流れる。
今、自分に相対している存在の強大さに遅まきながら気づいたのである。
「
「そっちの
…では、気をとりなおして。
死ね。」
ツインテールの少女は右足で地面を蹴る。
殺意がこもった目。己が首を刈り取らんとする右腕。
分隊長は死を覚悟した。
それと同時に手榴弾のピンに手をかける。
無駄であろうとも、一矢報いてやろうとする精神の表れである。
が、時ここに至って、第三者がわって入る。
「その勝負、待ったあああああああああああ!!!
グハッ……」
なんと、小柄な男が空から落ちてきたのである。
突然の来訪者に化物は止まる。
「シャンデル・メンギア少佐!!
何をなされているのですか!!
ガリアと我が国は同盟関係にあることをお忘れですか!!」
怒気がこもった声が空から響く。
片眼鏡を掛け、黒壇の髪を振り乱す美しい女。
元直江津高校生徒会長、現ワラキア大王国西欧州派遣軍副官兼主席参謀長。
西園春菜その人であった。
「ありゃ、侍従殿。お早いお帰りで。」
「早いも遅いもありますか!!
これだから貴方達吸血鬼は!!
頭の中、全部筋肉でできてるでしょう!?」
「そんなことないわ!!三割ぐらいだ!!」
「ったく。もう……」
そう言いつつ、春菜は地面に降り立った。
哀れな分隊長の方に向き合い、一礼して詫びの言葉を続ける。
「
どこからどう見ても東洋人の女が、まるでガリア人のような流暢なガリア語を喋ってきたので分隊長はすこしばかり面食らった。
外国人であろう東洋人を近衛の参謀につかせるとはこれまた面妖な……
ククッカカカ……何をとっても規格外の部隊だな。
命拾いした分隊長は手榴弾のピンから手を離す。
春菜は一歩進み、手を差し伸べる。
分隊長も一歩進み、春菜の手をとった。
「貴官とは話が通じそうだ。」
「光栄であります。閣下。」
春菜は悪戯っぽい笑みを顔面に張り付かせた。
「閣下?私はしがない一介の分隊長であるが?」
アスパラガスのような長身痩躯の男は困惑する。
「おっと、失敬。今は、そうかもしれませんね。」
春菜は悪戯っぽい笑顔を超えて厭らしい笑顔をする。
この女…この
「しがない」分隊長の男は末恐ろしい気分に駆られた。
「コホン。
……まぁ。それはそれとして。
降ってきた男……多分、このまま行けば死ぬぞ?」
「ふぇっ?…」
春菜はさっき自分で振り落とした小柄な男の方を向く。
落下の時の衝撃で身体の何処かを酷く打ち付けたのか、血が混ざった泡をふいて痙攣している松本裕太がそこにはいた。
「なっ……ちょっと!!メンギア少佐!!!助けてあげてくださいよ!!!」
「あっ。そうか。
こいつ、魔力もなんにもない、ただの人間だったな。
あーあ、これ死んだな。」
「治癒魔法をかけてあげればいいでしょう!!??
私の可愛い
「あ、そうか。そうすれば良いのか。
なんだ、簡単じゃん。
『
松本裕太の回りに緑色の風が吹く。
すると、今まで血を吐いて痙攣していた松本は痙攣が止まった。
目に生気がみなぎってくる。
「しっ死ぬかと思った。
急に会長が俺を振り落としてくるとは思わなかった。」
「すまなかった。松本裕太君。ああするしか仕方なかったんだ。」
「いえ、大丈夫です、会長。
会長のためならば地獄の底まで行けと言われても行きますから。」
「ありがとう。松本裕太君。
でも、そういう重い愛はあまり女性ウケしないぞ。」
「えぇ…愛って尽くすものじゃあないんですか??」
「それは、そうであるのだが……
まぁ、私も普通の女子とずれてるからなんとも言えないが……」
この二人の関係は本当によく分からんなぁ。
シャンデル・メンギア少佐は横目で二人の会話を聞きながら思う。
まったく。松本の甲斐性無しめ。
ただただ尽くすだけで女性が振り向いてくれると勘違いしている。
これだから童貞は……
メンギア少佐は心のなかで悪態づく。
そうこうしているうちに、将校の一団がこちらに近づいてくる。
将校団の中心にいる男が大声を張り上げる。
「先ほどの発砲音は何だ!!説明してもらおう!!現場の指揮官は誰だ!!!」
「はっ!!自分であります!!」
長身痩躯の分隊長が答える。
「こっちに来い!!!連隊本部で詳しい話をしてもらうぞ!!」
「はっ!!」
哀れな分隊長は将校に連れて行かれる。
「ふんっ…猿芝居だな。」
メンギア少佐は視線をガリア将校団に向け、小さくつぶやいた。
「ええ!!女性は尽くしてくれる男より、ドキドキさせてくれる男の方がいいのか!?」
「いかにも、その通りである。悪い男の方が人気は高いぞ。」
「くそっ!!俺には無理だ!!」
「無理だな、松本君。
残念なことに私は君にドキドキしたことなど皆目ない。」
まったく、こいつらは……
メンギア少佐はまた二人に視線を移して溜息をつく。
夏の青い空に黙々と立ちこめる入道雲が近づいてくる。
鼻腔に土の匂いが昇る。
もうすぐ雨が降る。それもとびきりの雨が。
メンギア少佐は口角を引きつりあげる。
近い、近いぞ。戦争が。
疾風怒濤の、三千世界の鴉を殺すような、糞ったれな戦争が!!
楽しみだなぁ。殺し合いだ。容赦無い殺し合いだ!!
メンギア少佐は踵を返し、化け物たちの方へ歩みをすすめる。
メンギア少佐の顔を見て、化け物たち白い歯が覗く。
感じているのだ。この戦争狂共は。
血の匂い、硝煙の匂い、鉄の匂い、人が焼ける匂い、人が腐る匂い。
あぁ!!懐かしの戦場へ!!!あの懐かしの戦争へ!!!
久しぶりだ。久しぶりの戦争だ。心が踊る!!!
ポツ…ポツ……
冷たい雨が降り始めた。
メンギア少佐は最高の
「さぁ、戦争狂共。戦争の時間だ。」
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