Action.20【 神隠し 】

 秋祭りの季節になると十五年前に行方不明になった、従兄の小田真おだ まことのことを思い出す。

「僕、芝居小屋にカバン忘れたから取りにいってくる」

 その言葉を最後に、従兄の真は忽然と姿を消した。


 俺と真は従兄同士だが同じ学年で田舎の小さな学校なのでとても仲が良かった。中学三年は進路を決める時期で俺は町の高校に通う予定だった。真の家は父親が病気で借金だらけ、母親(うちの母の姉)と兄弟が四人もいて生活が苦しい。長男と二人で田畑を耕さなければならないので高校にも通えない。

 真は華奢きゃしゃで色が白くて美少年だった。

 文化祭で『雪の女王』の劇をやった時、女子よりきれいな雪の女王を真が演じて大好評だったが……翌日、顔を腫らして登校してきた。五歳年上の長男に「男のくせに女の格好しやがって!」と殴られたのだ。

 長男の勲は村でも評判の乱暴者で、この短気な兄と農作業をすることが真の卒業後の進路だった。


 秋祭りの夜、真と俺はブラブラと縁日を見て歩き、芝居小屋に忍び込んでタダで大衆演劇を観た。俺はまったく興味なかったが、真はやけに真剣な眼差しだった。男が女装して踊る舞台に身を乗り出したので「ダダ見がバレる」と注意した。

 公演が終わって芝居小屋から出てきたら、真はそわそわして「芝居小屋にカバン忘れたから取りにいってくる」と急に走っていった。外でしばらく待っていたが戻ってこないので、俺は先に帰った。

 翌日、真の母親から「昨夜から真が帰らない」と連絡がきた。

 ひょっとして家出か、事故にあったのか……みんなで真が行きそうな場所を探し、村の青年団が山狩りしたが見つからなかった。

 俺も探しあぐねて、伯母さんの家に毎日様子を訊きにいった。

 ところが心労でやつれた伯母さんが悟ったように、「真は神隠かみかくしにあったから、どんなに探しても見つからない」と言い出した。それ以上、何を訊いても『神隠し』の一点張りだった。


 ――真が見つからないまま、俺は町の高校へ進学して、都会の大学に通うようになった。

 大学で知り合った精神科医志望の学生に失踪した従兄の話をすると、もしかしたらフューグ (Fugue)という解離性障害かいりせいしょうがいではないかと言われた。

 これは強いストレスを溜めていると、突然、自分のいる環境から逃げ出し、知らない土地で別の人格になって暮らし始めるというものだった。そして自分が誰なのかという記憶まで全て失くしてしまう。現代では、昔の『神隠し』という現象はフューグだったと考えられている。

 行方不明のまま……歳月が真を忘れ去らせていく――。


 都会でサラリーマンだった俺は、父親が急死したため故郷に帰ってきた。

 村の娘と結婚して役場で働きながら農業をやっている。子供が三人と母親の大家族、すっかり農家のオヤジが板についた俺だが、今年の秋祭りでは氏子総代うじこそうだいとして祭りの世話役に選ばれた。

 村の公民館に祭りのイベントとして大衆演劇を呼ぶことになった。

 これには嫁も母親も大喜びした。祭りの前日、トラック数台で劇団がやってきた。それに伴い、追っかけと呼ばれる女性ファンたちも付いてきた。うちの村には宿泊施設がないので、近くの温泉宿や公民館の一部を開放した。

 テレビで話題の『花澤慎之介一座はなざわしんのすけいちざ』は、座長慎之介の女形おやまが美しいと評判だった。こんな田舎で公演してくれるのが不思議なくらいだ。氏子総代である俺のところに劇団員が挨拶にきたが「座長は公演の準備で忙しいので後ほど参ります」と言われたが、サイン色紙を嫁から預かっているので困った。

 午前の部の公演はお芝居で、美しい花魁おいらん役が座長の慎之介だと聞いた。なるほど、とても男と思えない妖艶ようえんな美しさだった。

 ふと真のことが頭をよぎる。去年、伯母さんが病気で亡くなり、この春、酔っ払って用水路に落ちて長男の勲も死んだ。

 生死の分からない真に連絡のしようもなく、姉妹は他府県に嫁いでいるので、あの家は絶えてしまった。


 大盛況の芝居が終わって、楽屋から出てきた座長慎之介に俺の目は釘付けになった。舞台化粧を落とした素顔に懐かしい人の面影おもかげを見つけたからだ――。

「もしかして、あなたは真では?」

 その問いにニヤリと笑い。

「わたくし花澤慎之介こと小田真です」

 俄かに信じがたい告白に俺は驚愕して言葉を失った。そして小田真だという座長の顔を凝視した。

 ――ここからは従兄だった真自身のカミングアウトである。

 十五年前の祭りの夜、劇団のトラックに隠れて村から逃げ出した真は、三日後に発見され家に還されそうになった。座長が家に電話したら勲が出てそんな奴は知らないと、もの凄い剣幕で怒鳴り散らした。……これじゃあ、家に帰りたくないだろうと見習いとして劇団に置いて貰い、その後、役者の才能を認められて座長の養子になった。

 役者となって芸を磨き、その道で有名になったが、勲が嫌いでこの村には近づきたくなかった、けれど兄が死んだと聞いたので秋祭りに帰ってきたという。

 あの時、伯母さんが「神隠しにあった」と言ったのは、借金のため我が子を旅役者に売ったと思われたくなかったからだろうか。真のことを知っていながら、周りにその事実を隠し通していたのだ。

 午後の部の舞踊ショーが始まった。

 座長の花澤慎之介がアマテラスの衣装で、神楽かぐらに合わせて優雅に舞い踊る。その美しさは男女を超越ちょうえつする美の世界だ。

 神隠しから戻った真は、俺の知らない花澤慎之介という役者になっていた。

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