Action.19【 目玉焼き騒動記 】

 騒動の発端は、テーブルの上の目玉焼きから始まった。


 毎朝、父は顔を洗うと朝食のテーブルに着く。献立は、ご飯、みそ汁、サラダ、そして目玉焼きだった。

 突然、父が大声を出した。

「おいっ、俺の目玉焼きが片目しかないぞ!」

 目玉焼きが大好きな父は、二個玉子を使った両目の目玉焼きを毎朝必ず食べている。それが、今朝は片目の目玉焼きが皿に乗っていたのだ。

「会社の健康診断でコレステロールが高いって出たでしょう。これから片目の目玉焼きにします」

 母がきっぱりと宣言した。

 その言葉に父は猛反発! 朝から目玉焼きのことで夫婦喧嘩になった。

「俺は家族のために働いてるんだぞ。好きな物くらい食べさせろ!」

 専業主婦の母に対して《やしなってやっている》みたいなモラハラ発言をした。

 さらに怒った父はテーブルの上の目玉焼きをひっくり返し、それを見た母は食べ物を全て片付けてしまった。どうしようもなく気まずい雰囲気がリビングに流れた。

 出勤時間なので父は慌てて出て行ったが、もの凄い怒りのオーラを放ちながら、ガチャガチャと乱暴に茶碗を洗う母の背中を、僕はただ見ていた。


 ■母、不在一日目

 テーブルの上にメモが乗っていた。『しばらく不在します。母』素っ気ないほど簡潔な文章が、母の強い決意を現わしているようだ。

仕事から帰ってきた父にメモを見せると「勝手にしろっ!」そう言い放って、くちゃくちゃに丸めてゴミ箱に投げ入れた。

 夕食は宅配ピザを頼んだ。節約家の母は滅多にピザを頼んでくれないので僕は大喜び。父はいつも発泡酒一本しか飲めないが、今夜は三本も開けてご機嫌だった。


 ■母、不在二日目

 ファミレスのテーブルの上に僕はハンバーグ、父はステーキ、豪華な夕食だ。

 うちは母が専業主婦なので外食は月に一度しかない。高校の弁当代に父が二千円くれたし、コンビニでパンを買って安く上げる。残りは小遣いにしよう。

 当分、母が帰らなくてもいいとさえ思っている、今の僕だ。


 ■母、不在三日目

 テーブルの上、ほか弁を父と食べる。

 母が家出して、今日で三日目だ。心配になって「メールしようか?」と父に言ったら、「ほっとけっ!」と不機嫌な返事が返ってきた。

 どうやら母の携帯にかけても、メールしても父には返信がないらしい。

 僕がメールしたら、『ジョンの散歩と餌お願い、庭の花に水やり忘れないね』ときた。僕らのことよりも犬と花の方が心配らしい。


 ■母、不在四日目

 今夜は父が仕事で遅くなるので、テーブルの上のカップ麺を一人で食べた。

 ジョンの散歩と水やりがあるので部活も休んでいる。そろそろ母に帰って貰わないと不自由で仕方ない。弁当のパンはもう飽きた。


 ■母、不在五日目

 テーブルの上が、ゴミの山で溢れ返っている。

 父と片付けるがゴミの分別が分からない。着替えがなくなってきたので洗濯しようとしたが、洗濯機の使い方が分からない。僕も父も家事スキルが低過ぎる。

 今まで母が全部やってくれていたので、不在だと男二人で右往左往うおうさおうしている。ついに父と口喧嘩になり、僕らは口を利かなくなった。

 堪らなくなって、『母さん、いつ帰るの?』とメールしたら、『もう、ちょっとね』と返事がきた。


 ■母、不在六日目

 夜中にトイレに行こうと階下に降りたら、リビングに灯りが……そっと覗いてみたら、テーブルの上にウィスキーの瓶を置いて、父が溜息吐きながら一人で飲んでいた。

 昨夜、父と喧嘩になって「母さんが家出したのは、父さんのせいだ!」と僕が言ったことを気にしているのかなぁ……最初は強がっていたが、妻の家出が相当堪えているようだ。


 ■母、不在七日目

 父が憔悴しょうすいしているのが目に見えて分かる。最近は冷食とインスタントばかり、母さんの作ったご飯が食べたい!

 テーブルの上から、『SOS!! このままでは僕も父さんも死んでしまう!』救命メール発信する。



 やっと、やっと母が帰ってきた!


 テーブルの上に、白い恋人とロイズのチョコレート、なぜかマリモが乗っていた。

 短大時代の友人が北海道に嫁いでいるので、そこで世話になっていたらしい。母は「小樽や札幌や函館を観光して周って楽しかったわ。命の洗濯しちゃった」と満面の笑みで語った。――その間、僕と父は地獄だった。

 母が帰ってきたことを、早速、父にメールで知らせたら『すぐ帰る!』と返信。会社を早退でもしたのか、すぐに帰ってきた。

 久しぶりに家族で囲う食卓は、母が北海道の友人に習ったという、鮭たっぷりの石狩鍋だった。本当に美味しくて、お腹一杯食べた。

 翌朝、両親は仲直りしたみたいで、テーブルの上には両目の目玉焼きがあった。

 隣の駅まで二十分ほど歩いて電車に乗るという条件付きで、父は両目の目玉焼きが許されたようだ。

 我が家の『目玉焼き騒動』これにて、一件落着!


 母の手作りのお弁当を持って「行ってきまーす!」僕は元気よく学校に通う。

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