Action.16【 女性専用車両 】

 朝一番に会議があるというのに、僕は寝坊してしまった。

 駅のホームで発車間際の電車に慌てて飛び込んだら、車内は女性ばかり乗っている。

 あれれ? どうやら女性専用車両じょせいせんようしゃりょうに乗り込んでしまったようだ。車両を移動したいが混雑していて動けない。急行なので次の駅まで十五分は停車しないだろう。周りの女性たちの非難がましい目が気になるが、ここはじっと耐えるしかない。

 痴漢と間違えられないように僕は両手で吊り革を握っている。その時だった、誰かが背後から抱きつくようにぶつかってきた。そして僕の足元に倒れ込んだ。見ると、セーラー服の女子高生で、スカートがめくれ上がり白い太ももがあらわに……。思わず僕の目はそこに釘付けになった。

 ひょっとして貧血かもしれないと思い「大丈夫ですか?」と手を差し伸べたら、突然「キャアー」と悲鳴をあげた。そして驚いた僕に、信じられない言葉が浴びせられた「痴漢! この男は痴漢よ!」女子高生が大声で叫んだのだ。

 な、なんだって? 僕はどこも触っていない!


 その瞬間、車内の女性たちの目がいっせいに僕に向けられた。

「この変態野郎がぁー!」

 いきなり知らないおばさんに胸ぐらを掴まれた。肥ったガタイのでかい女だ。

「ここは女性専用車両なのに、なんで男が乗ってんのよ!」

 眼鏡を掛けた痩せぎすの中年の女に抗議された。

「す、すいません。慌てて乗ったんで女性専用車両だと知らなかったんです」

「嘘おっしゃい! 車内は女性ばかりだし身体を触ろうと思って乗ったんでしょう」

 絶対に触りたいと思わない超ブスにドヤ顔で言われた。

「違います。次の停車駅で車両移りますから勘弁してください」

「あんた逃げる気? この子に痴漢した落とし前はどうつける気さ」

 痩せぎすに怖い顔ですごまれた。

「痴漢野郎がぁー!」

 胸ぐらを掴んだ凶暴おばさんが今度は拳で肩を突いた。

「ぼ、僕は痴漢じゃないです」

「しらばっくれるな! この車両の女性全員がおまえを痴漢だと思ってる」

 超ブス、おまえは女の数に入っていない。

「だから、この子に触ってない」

「この男があたしの太ももと胸を触った―――!」

 女子高校生が大声で叫ぶ。

 ダメだ! 何を言っても信じてくれない、周りは女性ばかりで四面楚歌だ。

 ああー、このままだと痴漢容疑で逮捕されるかも知れない。そんなことになったら会社もクビになって、家族にも見捨てられて、僕は社会的に抹殺されてしまう。

 ――どうしたらこの冤罪を晴らすことができるんだ!?


 女たちと押し問答している内に、次の停車駅に着いた。

 もう逃げるしかない。ドアが開いた途端、飛び出そうとした僕を凶暴おばさんが羽交はがめにした。

「この野郎逃がすもんかっ!」

 馬鹿力でグイグイ締めつける。ぐはっ! こ、殺される!

「離してください! 僕は何も悪いことやっていません」

「女性専用車両と知って乗ってきたでしょう、あんた男のくせに……」

「ちょっと待ってください!」

 超ブスの言葉を遮った。

「女性専用車両って書いてあっても、法律的には男性も乗車して大丈夫なんです。僕らは鉄道会社の趣旨しゅしに協力してやってるだけなんだ」

「黙れ! このチンカス野郎」

 もの凄く下品な言葉でののしられ、股間をおもっきり蹴り上げられた。あまりの激痛に四つん這いになって悶絶もんぜつする。

 女たちは僕から鞄を取り上げて勝手に中身を調べている。

「おっ、財布があるよ。おお、大金が入ってる」

「名刺と免許証も見つかった」

「トヨツ自動車営業企画部一課、ほぉーこいつエリートじゃん」

「この金は迷惑料ってことで貰っておこう」

 取引先の接待があるので、財布には現金で三十万は入っているはずだ。

「おまえが女性専用車両で痴漢したことは黙っててやるから、もっと金をよこしな。名前と住所は分かったから、また連絡する」

「警察に言ったら、おまえの身の破滅だよ」

「あたしたちからは絶対に逃げられないのさ。あははっ」

 もしかして、これって恐喝されてる? てか、現金まで奪われてカツアゲじゃないか! 

 僕は痴漢の濡れ衣を着せられて……その上、金まで要求されている。しかし周りは女性ばかりで、誰も助けてはくれない。結局、男の僕が泣き寝入りするしかないのか? そんな理不尽りふじんなっ!


「ハーイ! そこまで! 全員動くんじゃない!」

 女性専用車両の女性たちが五、六人、ずらりと恐喝犯たちを取り囲んで身柄を拘束した。

「あなた大丈夫ですか? 駅に救急車を待機させましょうか」

「あのう、貴女方は誰ですか?」

「鉄道警察隊です。最近、女性専用車両内で男性に暴行や恐喝をする女性グループがいるという情報があり見張っていました。犯人グループに絡まれて恐喝される一部始終を隠しカメラで撮影することに成功しました。捜査にご協力ありがとうございます」

 リーダーと思われる女性から説明されたが、もっと早く助けて欲しかった。釈然しゃくぜんとしないが、とりあえず痴漢の汚名だけは返上できて良かった。

 しかし会議には遅刻するし、心身ともに衰弱しきって、その日の僕は脱殻ぬけがらみたいになってしまった。


 善良なる男性諸君! 

 間違っても女性専用車両に乗ってはいけない。そこには怖ろしい罠が待ち受けているかもしれないのだ――。

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