Action.17【 カジノパラダイス 】

 男は根っからのギャンブル好きだった。

 会社が終わるとパチンコ店に直行して閉店まで打っている。休日には競馬場に出かけて馬券を買う。宝くじ売り場を見れば必ずロトを買ってしまう。

 とにかくギャンブルが好き好きで止められない。負けても負けても……止められない、それがギャンブラーの宿命なのだ。

 その日、男はパチンコ店からブツブツ文句を言いながら出てきた。

「クッソー! ぜんぜん出ない。あっという間に三万も負けちゃった……」

 ポケットから煙草を出して火を付けたが、これが最後の一本である。

「ああ~今月は負けがこんで煙草も交換できなかった。煙草はパチ屋で貰うと決めてたのに……ついに自腹じばらで買う破目になったか!」

 まったく男の言っていること自体おかしい。

 煙草を貰うためにパチンコするよりも、普通に店で買った方が断然安い。煙草を貰うためにパチンコをするのではなく、パチンコをする口実として煙草に交換するといっても過言ではない――。

 そんな男の背後から黒い影が迫ってくる。

「もしもし……」

 誰かに声をかけられて振り向いた途端とたん、口にハンカチを押し当てられた。――男はその場で気を失った。


 意識を取り戻した時、窓のない真っ白な部屋の中でいた。

 男の頭にはヘルメットのような器具を被せられていた、太い皮のベルトで椅子に身体を固定されて、まったく身動きができない状態だった。

「な、なんだこれは!? 助けてくれー」

「目が覚めましたか?」

 小さな覗き穴から女の声がした。

「おまえは誰だ? なぜ俺はこんな目にあってるんだ」

「これは実験なのです」

「実験? まさか人体実験か!」

 男は身体を切り刻まれるのかと恐怖で震えた。

「ギャンブル心理学の実験です。ギャンブラーを捕まえて、いろんなギャンブルに挑戦していただきます」

「えっ、ギャンブルができるの?」

「はい。今から無料でいろんなギャンブルができます」

「それは本当か?」

「もちろん」

「そりゃあ、夢のようだ」

「覚悟はいいですか。ではスタート!」

 その声と共に、男の足元の床が大きく開き、椅子に乗ったまま地下へと降りていった。なんと! 地下室はカジノになっていた。

 映画で観たラスベガスのカジノのように着飾った紳士淑女しんししゅくじょがルーレットに興じていた。よれよれのパーカーとジーンズ姿の男はこの場に相応しくないが、誰も気にする風もない。

 バニーガールがお盆にカクテルを乗せて持ってきた。

「ようこそ、カジノパラダイスへ」

 こばれ落ちるような笑顔でグラスを手渡した。男の身体は椅子に固定されていたが、手だけは自由に動かすことができる。

 憧れのカジノの雰囲気と存分にギャンブルができるという嬉しさに男は興奮して、いったい今、自分に何が起きているのかという疑問すら湧かなかった。

 そして男の目の前にはチップが置かれている。

 今までルーレットなどやったことがないが、わくわくしながら卓の数字の上にチップを置いた。ディーラーが上部のノブをひねってホイールを回転させ、回転方向と逆にボールを投げ入れた。コロコロ転がってボールは男の賭けた数字の上で止まった。

「うおぉぉ―――!!」

 男は目を丸くして、ガッツポーズで勝利の雄叫おたけびを上げた。

いつの間にか周りには美しい女性たちが集まり、ルーレットで勝つ度にどよめきが起きた。男は勝ち続けてチップは山のように積まれていく――。 

「もうルーレットは飽きた。他のゲームをやりたい」

 そういうと男の乗った椅子は、ブラックジャックの卓へと移動した。

 今度のゲームでも嘘みたいに勝ち続けた。根っからギャンブラーな男は勝負に勝つ度に雄叫びを上げて興奮した。その後もバカラ、スロットマシン、ビンゴと次々に勝利していった。

「俺は負け知らずの無敵だ―――!」

 あれから四十八時間不眠不休ふみんふきゅうで、ずっと男はギャンブルをやり続けている。

 ぜんぜん負けない……という不自然さに疑問を持たないほど舞い上がって、異常に興奮していた。男の眼は爛々と輝き、超ハイテンション、脳から大量のドーパミンが分泌されているのだ。

「もっと刺激的なギャンブルはないのか!」

 大声で男が叫んだ。

 先ほどのバニーガールがリボルバー式拳銃を男に渡した。

「ロシアンルーレットよ。試してみる勇気はある?」

「何をやっても負ける気がしない」

「一発だけ実弾が入ってるのよ」

「ゾクゾクするぜ!」 

 男はシリンダーを回転させて、こめかみに銃口を当てる。

「これぞ究極のギャンブルだ!」

そして躊躇ちゅうちょすることなく、その引き金を引いた。


 バ―――ン


 白い部屋に銃声がとどろいた。

 

「何人ものギャンブラーで実験したけれど、最期はいつもコレ……」 

 椅子に座ったまま、頭から血を流している男。

「カジノは機械が見せた幻影だったけど、この銃だけは本物だったのよ」

 バニーガールは、死んでいる男の手から銃をもぎ取った。

「より刺激的なギャンブルを求めるなら、自分の命を賭けるしかないもの」


「さよなら、ギャンブラー」


 微笑みを浮かべながら、女は白い部屋を出て行った――。

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