Action.12【 納豆マンの独白 】

いやね、いつから、こんな体質になったのか自覚がないんですよ。

ある日、気がついたら指先から糸をひいてました。

触ってみたら、ネバネバして、いくらでも糸をひくんです。

手を洗ったり、ウェットティッシュで拭いても、また、すぐに糸をひくんで参っちゃいます。

でも、その頃はさほど気にしてませんでした。

だいいち医者に行こうとも思わなかったし、ちょっと面白いやんかと人前で自慢して見せたりしてねぇー。

えっ? 楽天的? そう、たしかに楽観してました。

その内、だんだん体中がベタベタして、触ると、あっちこっちから糸をひくようになったんです。

いやー、こうなったら、さすがに焦りましたよ。


なぜ? そんな体質になったかって?

う~ん……はっきりした原因は分からないけど、自分が無類の『納豆好き』のせいかもしれない。

とにかく三度の飯より納豆が好き、おやつ代わりにいつも食べてました。

よく健康のために一日50品目の食品を摂取しようなんていうでしょう?

自分は納豆さえあればいいんです!

365日、毎日、毎日、納豆さえ食べていれば健康で幸せなのだ。

ドンブリに納豆を入れて、ぐるぐる箸でかき回し、きめ細かい弾力性のある糸になったら、なぜかしら、すごく充実した気分になれるんですよ。

そんときの表情が恍惚こうこつとしているといわれました。

あのう、自分は変わってますか?

あははっ


こう見えても、以前は嫁もいたんですよ。

美人でしっかり者、料理も上手く、家庭的で、非の打ち所のない嫁でしたが……悲しいかな、関西出身で無類の『納豆嫌い』だったのです。

納豆のネバネバが嫌い、においが嫌い、食べてる人を見るのもイヤだと。

まさに納豆にたいするヘイトスピーチだ!

そして冷蔵庫の中に買って置いた、大量の納豆を「納豆なんかキモイ!」と、自分が見ている前で、全部、ゴミ袋に捨てられた。

たくっ! 男だったら、胸ぐらを掴んで殴ってやりたいくらいの噴怒もの。

けれど……必死で耐えました。

嫁に惚れていたし、いずれ納豆の旨さに共感してもえると信じて、大好きな納豆をこそこそと隠れて食べ続ける日々の自分でした。

……ですが、すぐに納豆のにおいを嗅ぎつかれて、露骨に不機嫌な顔をされる。

あの頃はつらかったなぁー。

ナットウシストの自分としては、結婚生活は納豆と嫁とのジレンマでした。


――そのせいで、こんな病気になったのかもしれない。

自分は三日も納豆を食べないと夢に見るほどですから、納豆飢餓状態は相当なストレスだったのでしょう。

糸ひき体質になった自分は「納豆臭い!」と嫁に拒否され、ついに寝室から追放された。

その後、離婚届けを置いて出ていった嫁、残されたメモには「我慢の限界!」と殴り書きしてあった。

まあ、納豆が死ぬほど嫌いな女ですから仕方ないか。

もう彼女のことはあきらめてます。

どんどん病状が進行して、日常生活にも支障をきたすように……。

病院にいっても、ただただ医者は頭を捻って、こんな病例は見たことも聞いたこともないというばかり。

もう、ねぇー、お手上げ状態だった。


嫁に逃げられ、失職した自分は、引き籠りになりました。

ネバネバして糸ひく体では服も着れないので、ムシロをもらってきて体に巻きましたが、それが快適で、どんどん発酵していく、この至福感が堪らないとさえ思った。

ある日、茹でた大豆を藁に敷きつめて、その上で眠ったら、朝には納豆ができ上がっていたのです!

食べてみたら、それは美味しい納豆だった。

いっそ、納豆と同化して生きていこうと決めたのです。

そう思ったらね。

すっごく前向きになれた!

知り合いの豆腐店に、自分の手作り、いや寝作りの納豆を置いてもらったら、お客に大評判で飛ぶように売れました。

とくに自分が作った納豆は、酵素の働きで免疫細胞が活性化され抗酸化作用も高く、納豆に多く含まれるポリアミンがアンチエイジングパワーを発揮して、美肌にも効果満点! ナットウキナーゼで血液がサラサラになります。

全国から注文が殺到して、おかげで生産が追いつかず、なんせ納豆マンの『寝作り納豆』は数量限定の注文生産ですから~♪

まさに、ほら、あれ『納豆は医者いらず』なんだよ!


えっ? あんた納豆が苦手なんですか?

いやー、それって絶対に人生損してますよ。

もしかして、納豆マンになってお気の毒だと思ってるの?

――それは違う。

自分は大好きな納豆マンになれて、むしろ幸せだと感じているんだ。

納豆には健康だけじゃない。

今も自分の体の中で、『愛と希望』が発酵しているんですよ。

いや、これホント!



     ※ インタビューを終えた、納豆マンは満面の笑みを浮かべた。

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