Action.10【 寓話 】詩人の村

 ある所に詩人たちが住む村がありました。

 ここに居る者は農民も大工も鍛冶屋もみんな詩人ですが、彼らはあまり働かない。

 清貧こそ詩人のあるべき姿、貧困と闘って夭折した詩人を尊敬して、拝金主義者や俗物的な人物を軽蔑しているのだ。

 清らかな魂を持つ繊細な人間のみが詩人と呼ぶに相応しいと、ナルシストの彼らはそう思い込んでいる。

 まさに自意識ライジング!

 詩人のプライドを比喩ひゆ隠喩いんゆで表現すると、


『プライドは高く富士山のようだ』⇒ 比喩(アナロジー)

『プライドが富士山』⇒ 隠喩(メタファー)


 そういうレトリックで自分たちの性質を詩的に表現していた。


 ある時、谷を挟んで隣にある『小説家の丘』から物書きがやってきた。

 彼は文章の長さやプロットを考える手間からいっても、小説の方がずいぶん時間がかかるし、その作業が大変なので、詩人に向って、「詩は短いから、すぐに書けるでしょう」と、不用意な言葉を投げかけた。

 これは詩人にとって、もっとも屈辱的な言葉であった。

 単に文章が短いからと安易みたいに言われたことに憤慨したのだ。詩というのは肝心なことを明記せずに、断片的な単語の羅列から深い精神性を伝えようとする。――それは読む者の洞察力が試される。

 短いからといって侮るなかれ!


『詩は浅く見えても底が深い摩周湖のように』⇒ 比喩(アナロジー)

『詩は摩周湖だ!』⇒ 隠喩(メタファー)


 と、詩的に怒りの抗議をしたが、物書きには理解されなかった。

 詩と小説は言語形式で表現する文学だが、実は似て非なるものである。自分が感動した事柄についてリズムをもつ言語形式で表現したものが詩である。むしろ、文学というよりも音楽に近い感覚であり、心象風景を描きビジュアル的なのだ。

 詩人という輩は一度怒らせると執念深く、その時、味わった屈辱をテーマに詩作して何度でも相手を断罪だんざいしますから――。

 くれぐれも注意してください。


 さて、『詩人の村』では、広場の掲示板に自分の書いた詩を貼って、それを村人たちが評価し合う習わしになっています。

 掲示板の詩の中でもっとも良いと思う作品にはリボンの花を付けていく、一番たくさん花が飾られた詩が優秀作品だと賞賛される。

 その週の掲示板で一番評価の高かった詩人がリボンの花で作った『詩人の王冠』を贈られて村人たちに祝福されていた。そこへ、批評家の赤ペン先生という男が現れて、みんなの前で優秀作品をこき下ろした。

「君の詩は無知で軽薄だ。オノマトペを多様するのもチープな臭味。おまけに詩中に口語と文語が混淆こんとんしとる。一区切りのスタンザが凡庸ぼんような形式だし、目新しさも新鮮さもない!」

 くどくどと酷評を吐き散らした。

 赤ペン先生のこの露骨な言い方には村人たちも眉をしかめた。――だが、優秀詩人は笑って答えた。

「僕の詩が気に入りませんか? でも、その詩は僕自身だから理解されなくても結構です」

 と、しれっと返した。

「生意気を言うな! ワシはお前らのために批評してやってるんだぞっ!」

 大声で脆弱ぜいじゃくな詩人たちを恫喝するのだった。


 赤ペン先生は村外れに小屋を建てて住んでいた。

 家の軒下に『作品の添削承る』という看板を出している。彼の素性は誰も知らないが、あっちこっちの文学村を放浪して、この『詩人の村』に流れ着いたようだ。

 かなり専門知識や文学への造詣も深く、それを誇示したくて、村の掲示板の詩に赤ペンで添削や辛口批評を書き込んでいくのだ。


「こんな愚劣な詩が優秀作品とは、この村のレベルも大したことない」

 その言葉に村人たちが怒った。

「アンタ何様のつもりか知らんが、ワシらが選んだ作品にケチをつけんで貰いたい」

「そうだ! アンタのせいでこの村から去っていく詩人が増えてるんだ」

 詩人たちは繊細でナーバスなので、精神的打撃を受けると、瞬く間に姿を消してしまうのだ。

「辛辣な批評に、叙情詩人さんは『語彙沼ごいぬま』に沈んだ。叙景詩人さんは『俯瞰岳ふかんだけ』から身を投げた。叙事詩人さんは『オマージュの木』で首を括ったんだぞ!」

「そんなことワシは知らん! 才能のない者は消えるのみじゃ。フン!」

 鼻を鳴らし偉そうに言い放った。

「アンタの批評とは名ばかりで……本当は自分の優位性を示したいだけじゃないか」

「黙れ! ワシの知性と教養でお前らを啓蒙してやってるんだぞ。感謝しろ! 馬鹿な愚民どもめ!」

「その心使いには感謝しますがね。その才能を他人の作品批評に使うよりも、ご自分で作品を書いて発表されたらどうですか?」

 先ほどの優秀詩人が提案し、その言葉に村人たちも賛同する。

「そうだ、そうだ! アンタも詩を書けよ。俺たちが評価してやる」

「な、なんじゃと……ワシの作品は秀逸過ぎてお前らみたいな能無しには理解できまい!」

 そんな捨て台詞を残して、赤ペン先生は広場から立ち去った。


 数日後、村外れの小屋からも姿を消した。風の噂では『短歌の里』で、歌人相手にブーブー言っているらしい。


『詩人とは言葉を武器に闘う戦士みたい』⇒ 比喩(アナロジー)

『詩人は戦士だよ!』⇒ 隠喩(メタファー)


 さて、ご理解いただけたでしょうか?

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