Action.3【 時空エレベーター 】

 38階建てのビルの最上階へ行かなければならない用事があった。

 ビルを見上げるとクラクラするような高さだ。あのてっぺんに上るのかと思うだけで冷汗がでた。私は高所恐怖症で飛行機も怖くて乗れない男なのだ。

 エレベーターに乗ると38階のボタンを押す。展望用の大きな窓が付いているが、私は怖くて外の風景を観れないので、背中を向けてドアの前に立っている。

 突然、13階でエレベーターが止まって動かなくなった。

 ドアも開かない、非常用電話をかけたが通じない、こんな所で宙ぶらりんで閉じ込められた私はパニックを起こしそうだった。ドアを叩いて「誰か、助けてくれー!」大声で叫んでいたら、突然、扉が開き外へ投げ出された。


「ここはどこだ?」

 エレベーターの外は庭園だった。その先には神殿のような屋敷がある。ビルの中にある神社かと思い歩いていたら、風が吹き、天に月まで輝いている。

 建物の中は簾で仕切られていた。覗いてみると、文机の前で長い黒髪の女性が巻物に筆で書きものをしている、その服装は平安時代の女官のようだった。

 たぶん映画の撮影か、平安京イベントなのかと思い女性に声をかけようとしたら、こちらに気づいて先に悲鳴を上げられた。

「もののけじゃあー」

 え!? もののけ? 

 意味が理解できずに茫然としていたら、屋敷から女官たちがわらわら出てきた。

「陰陽師の安倍晴明殿を呼んでまいれ!」

 安倍晴明あべのせいめいだって? 私は妖怪ってことか。

「紫式部殿、鬼はどこにおじゃる」

 神主のような格好の男が現れた。私を見るなり、

「おのれ、異形の者、鬼に違いない。この晴明が退治してくれよう」

 呪文を唱えると、晴明と名のる男がお札を投げつけてきた。私は慌ててエレベーターの中に逃げ込んだ。

 紫式部、安倍晴明? 

 まさか平安時代にタイムスリップしたのか?

 

 再びエレベーターは上がっていくが、ガクンと揺れて29階で止まった。

 しばらく待つと扉が開いた。そこは見渡す限り地平線の大地だった。キリンの親子が高い木の葉っぱを食べていた。遠くにシマウマが数頭いる。焼けつくような太陽と熱風、ここはアフリカのサバンナなのか? 信じられないが、私の乗ったエレベーターは時空移動できる乗り物のようだ。

 アフリカの大地に立ち自然の雄大さに感動していたら……こちらに向かって、たて髪をなびかせ雄ライオンが駆けてくる。牙を剥いて威嚇する咆哮ほうこう

 うわっ、ライオンに喰われる! 危機一髪、エレベーターに逃げ込んだ。


 エレベーターは動きだし上がっていく。いつになったら38階に着くのだろうかとランプを見ていたら、38階を通り過ぎて39階で停止した。バカな、このビルは38階までしかない筈なのに……次々と起こる不思議な出来事に頭が混乱する。

 エレベーターの扉の外は雨が降っていた。周りの風景は倒壊したビル、剥きだしの鉄骨やコンクリートの塊、寸断された道路には乗り捨てられた車の残骸、人ひとり歩いていない灰色の廃墟の町だった。

 愕然としながらの外へ足を踏み出した私に、

「出てはいけません!」

 突然、誰かの声がした。驚いて引っ込んだら、白い傘を差した人が立っていた。

「この雨には高濃度の放射能が含まれています」

 機械音のような声だった。金属で作られた銀色ボディー、すらりとした女性の肢体に似せて作られている。

「君は?」

「R-IMW3H、人型ロボットです」

 喋ると瞳が赤く点滅する。

「ここには君しかいないのか? 人間たちはどこにいるんだ」

「誰もいません」

「なに? まるで廃墟のような世界だな、ここに住んでた人たちはどうなってしまったのだ」

「人類は滅亡しました」

 抑揚のない声でそう答えた。その返答に私は驚いた。

「そ、それはいつだ?」

「西暦2081年10月に起きた核戦争で地球は破壊汚染されました。生き残った人類たちは住めなくなった地球を捨てて、宇宙へ旅立ちました」

「まさか、そんなこと……信じられない」

「人類が地球を捨ててから100年経ちました。私たちロボットは地球に残ってマスターが帰ってくるのを待っています」

「お前たちも棄てられたのに?」

「はい。マスターに地球で待っていなさいと命令されました。この雨は100年降っています。長く待っている間に私は感情を覚えました」

「感情?」

「私は寂しい……」

 そぼ降る雨の灰色の地球に棄てられたら、感情のないロボットだって寂しいだろう。

「過去の人類に核戦争をしないように伝えてください」

 そう言って、白い傘を私に手渡すとエレベーターの扉が静かに閉じられていく……。


                *


 13階で停止していたエレベーターの中から私は助け出された。倒れていたので病院に運ばれ、そこで意識を取り戻した。エレベーターの中でパニックになった私は、かなり暴れたようで体中傷だらけだった。――あの出来事は全て私の幻覚だったのか?


 だが、後ほどエレベーターの中に忘れ物だと届けられたのは――白い傘だった。

             

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る