第13話 灼炎の魔導士/1
後日。オルハがいつものように朝食を摂るため、シルバを伴って食堂にやってくると、それを待ち構えていたように三人の少女が立ちはだかった。
「……ごきげんよう。レーアン、フィルマ、シービィ」
もはやうんざりした調子で決まりきった挨拶をする。ここ数日、毎日のようにこれを繰り返していた。
「ごきげんよう。さぁ! 今日こそ決着を!」
腕を組み、踏ん反りかえって挨拶を返した後、繰り返し聞いた台詞を今日も一言一句過たず放つレーアン。オルハは何度目か分からない溜め息を吐く。見れば、フィルマも苦笑している。
「レーアン、ちょっとは趣向を変えるとかさぁ……」
頬を掻きながらの提言は、聞き流された。
「あの……レーアン? とりあえず、ご飯、食べてもいい?」
「分かりました。ではいつもの場所でいつもの時間までお待ちしています。今日こそは私の挑戦、受けて頂きますわ!」
ズビシィッと鋭く指を突きつけて、二人の少女を伴って食堂を後にするレーアン。オルハはもう一度溜め息を吐いて、食堂のカウンターへと向かった。
†
食後。オルハは学び舎の柱の影からそっと円庭を見やった。
そこではレーアンが仁王立ちで、オルハが現れるのをいつものように待っていた。
先日の森での一件から、レーアンのオルハに対する敵意というか、戦意が凄まじくなっていた。一度は食堂で会戦しようとして、ドーリヤンに慌てて止められるという事態にもなっていて、事を重く見たドーリヤンが条件を二つ科した。
迷惑にならないよう、やるのであれば庭を使うこと。
双方が合意をしない限り、勝手に始めないこと。
レーアンは殊のほか素直にその条件を飲み、今では朝一番に声を掛け、昼までの間ああしてオルハが現れるのを待っている。
『今日も待たれているようだね。相変わらず、愛らしいほど愚直な少女だ』
「うん……ボクも、レーアンは素直な子なんだと思うようになったよ……」
言葉を飾らないのも、泰然とした態度を崩さないのも、全てはレーアンが素直であるが故のことなのだと、オルハはその身を持って理解した。
だからこそ、オルハはレーアンとの勝負をこれまで避けてきていた。
最初の〈決闘〉での勝利は「運が良かった」だけだとして勝敗をうやむやにしてもよかったし、森での出来事はオルハ自身昼寝をしていてよく知らないことだった。
ただ、レーアンのあの性格では勝敗をうやむやにするという決着は決して認めないだろうと思う。ならばこそ真の決着を! となるのは明らかだった。
『今日も行かないつもりか、主よ』
オルハの背後から、仁王立ちするレーアンを眺め、時折笑みを零しながら、シルバが言う。
「うぅん……」
オルハは眉根を詰め、眉尻を下げた表情で唸る。
『彼女がああするようになってから、もう七日になる。そろそろ受けてやってもいいんじゃないか?』
「うぅぅぅ……」
『おそらく、主が受けるまでずっと続けるつもりだぞ、あれは』
「そうなんだよねぇ……」
正直、待たせるという行為に心が痛んでいるのは確かだ。しかし同時に、勝負する必要はないという思いもある。
何か別の道をと思うが、当のレーアンがあの調子でこちらの言葉に耳を貸そうとしない。
「やる、しかないのかなぁ……」
それからまた、逡巡し、迷い、唸り、また逡巡することを繰り返すこと三度。
「よーしっ!」
オルハは意を決して、漸く戦地へと踏み入れた。
†
「やっと……やっと来てくれたのねオルハ! 七日間……長かったわ」
レーアンは歓喜に満ち溢れていた。漸く望む相手と勝負ができる。二人の少女は距離を取って対峙した。
「さぁ、始めましょう! 用意はいいかしら?」
「うん……いつでもいいよ!」
最初のときとは違う。相手もやる気を出してくれている。相変わらず
「来なさい!
灼熱の炎球と化した蜥蜴が円陣より勢い良く射出され、己の周りをぐるりと廻ってその姿を顕にする。
「行くよ、クロっ!」
すると、相手の少女もまた、何かを呼び出した。それは少女の両腕から零れ落ちるように延びた影だった。影は午前の陽光を蝕むように滲み出で、ひとつの形を取った。
『アオ―――ン!!』
「あのときの、犬……ッ!」
見覚えのある姿。黒き毛並みを持つ闇色の犬だ。あのとき受けた辱めは今も忘れることができない。湧き上がる怒りが己の身を震わせる。
「
己の怒りの感情が、使役者に更なる力を齎す。
†
「うわ……!?」
突如、炎を噴き上げて燃え上がる
「――行けッ!」
レーアンの号により、爆焔を上げて猛突する。
「クロ!」
対する
『愚かな……』
勝負を見守る魔王が呟く。
「クロ……!」
少女が悲痛な叫びを上げる。その瞳を、魔光に輝かせて。
その声に応えるように、霧散した影が渦を巻き、炎の塊を一呑みにする。
「くっ……!」
左手首が熱い。〈焦熱〉の魔石が強く輝いている。
魔犬は、蜥蜴を喰らっている。
†
「
力が失われていくのを感じる。前にも一度、その身で直に受けたことがある。
あの黒い犬は、取り付いたものの魔力を喰らう。
「まだよ……! 私の力は、まだこんなものじゃない!」
レーアンの瞳が、炎を映して朱に煌めく。否、それは炎と化して、今や少女の周りを囲っている。
「燃え上がりなさい―――
突き動かす力に乗って、炎と顕現した己が魔力の総てを、影に呑まれる力の先へと射ち込み、送り出す。
影の腹の中より、ドゥ、と鈍い音が響き始める。
†
『無駄な足掻きだ……』
クツクツと喉を鳴らす。
「おぉ……ッ!」
しかし、敵となる少女は一向に諦めを見せない。それどころか、その全身を赤く煌めかせて、一層強い力を迸らせている。
『美しい……実に美しいね』
生命の末期に訪れる、最高の煌めき。愛らしいほどに愚かしいその少女は、自らの命を燃やし尽くすまで、その煌めきを収めることはないだろう。
『それはあまりに惜しい』
こんな一瞬の、児戯のようなもので、総てを燃やし尽くすのは勿体無い。
魔王が動く。
†
「っ!?」
少女オルハは、突然背後から腕を掴み上げられ、その目を戦場から放してしまった。
「シルバ、何するの?」
咎めの言葉は、少女が考えていた以上に激しくはならなかった。それよりもむしろ、思っていた以上に冷たい響きで、相手の所行を弾劾した。
掴まれた腕を振り解こうと力を込めるが、魔王はそれ以上の力で少女の腕を抑え込み、捻り上げるようにして持ち上げた。
「っ……痛いよ、シルバ……!」
『主よ。少々やり過ぎだ』
掴み上げた少女の左手首から、赤炎に輝く〈焦熱〉の魔石を取り上げる。
「っあ……!?」
少女の身体から力が抜け、意識が闇に落ちていく。
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