第9話 魔導士/2


「……〈決闘デュエル〉?」


「そうよ!」


 フン、と鼻を鳴らし、腕を組んでふんぞり返る少女レーアンの前に、シルバの両腕から漸う逃れたオルハが疑問を発する。問うた先、レーアンは答える気がないようなので、オルハの視線は老師ドーリヤンへと向かう。


「おじいちゃん、〈決闘〉って?」


「うむ――魔導士がお互いに魔力を凌ぎ合う、魔導士同士の闘いだ」


「たたかい……」


 ドーリヤンは頷き、だが二人の少女の間に入り、レーアンへ向けて険を発する。


「だがレーアンよ。オルハはたった今〈契約の儀〉を終えたばかり。魔力の扱い方も、闘いへの活かし方も、何も身につけてはおらぬ。〈決闘〉に挑むには時期尚早ではないか?」


「それはお互い様ですわ。私とて〈契約の儀〉は先日終えたばかり。何も身につけていないのは同じですの。けれど――」


 レーアンは組んでいた腕を解き、その人差し指を真っ直ぐに少女オルハへと突きつける。


「あなたも〈召喚者ソーサラー〉を得て魔導士となったのでしょう? ならば、逃げることは許しませんわ!」


「ち、ちょっと待ってよ。ボク、何がなんだか……」


 少女は狼狽を露にするが、その背後に立つ魔王は、愉しげな笑みを零す。


『いいだろう。その〈決闘〉、我が主が受けて立つ』


「ちょっ、シルバ! 何を勝手に――」


「決まりですわ!」


 レーアンは力強く笑み、その両手を打ち合わせる。そして両腕を外に振ると、淡い桃色の陣が、少女たちを覆うようにゆっくりと回転しながら降りてくる。


「我が〈召喚者ソーサラー〉よ、我が前にその姿を顕現なさい!」


 レーアンは更に足を踏み鳴らし、その足元に赤く発光する陣を起動する。そして呼ぶ。己が使役する〈召喚者〉の名を。


「――灼熱蜥蜴サラマンデル!!」


 足元に浮かぶ陣が、少女の頭上にも開く。強く光を放つ陣から、燃え盛る炎が飛び出してきた。


「わっ!?」


 炎の玉は炎の尾を引きながら足元を回る陣の外周を駆け抜け、円庭を炎の壁で囲んだ。少女レーアンの足元に戻ると、炎を弾けさせて着地する。炎のトサカを持つ四足の蜥蜴が、長い尾をくねらせて顕現した。


『ほう、灼熱蜥蜴……〈火炎〉の魔素を蓄えた万物霊プリズアニマか』


 少女オルハの背後に立つ魔王シルバは、こちらを威嚇するように吼える炎の蜥蜴に、笑みを深くする。


「これが私の召喚者ソーサラー灼熱蜥蜴サラマンデル! さあ、あなたも召喚者を出しなさいな!」


 炎の蜥蜴を従えた少女レーアンは、再びその指をオルハへと突きつける。オルハは大きく息を吸うと、己の召喚者の名を呼ぶために身を正す。が、


『待て』


「ッ――けほっ、けほけほ!」


 シルバの制止によって、オルハは発する直前に言葉を呑み、やおら咳き込んだ。目尻に涙を湛えて己の召喚者に振り向き、咎めたてる。


「なにっ!?」


『主よ。聞いていなかったのか? この〈決闘〉、、と』


 シルバは立てた人差し指を唇に当て、お茶目にも片目を閉じて見せた。


「え……ち、ちょっと待って! それって――」


『そう。召喚主マスターオルハ、君が闘うのだ』


 えぇぇぇ……!と声を漏らし、少女オルハは愕然とした顔でレーアンのほうへと向き直る。


『そういうことだ、魔導士の少女よ。私は闘えない』


「なんですって!」


 レーアンはオルハへ突きつけたままだった人差し指をシルバへと突きつけなおし、憤りを露にする。


「〈召喚者ソーサラー〉は〈召喚者〉と戦うものよ! 〈召喚主マスター〉を戦わせる〈召喚者〉なんて聞いたことないわ!」


『おや、君もよく聞かずにこの〈決闘〉を受けたのか。ならば無為にするかね?』


「……ッ、いいわ。後悔しても遅いんだからっ!」


 差し伸ばした腕を胸元に引き、再び敵へと突きつける。冷や汗を垂らして立ち尽くす、少女オルハへと。


灼熱蜥蜴サラマンデルッ!」


 少女の号により、炎の蜥蜴が再び弾かれるように射出される。炎の玉は真っ直ぐに少女オルハへと突き進む。


「えっ、ちょ、シルバ……!」


『構えろ主よ、敵が来るぞ』


「助けなさいよ!」


 本当に闘わない気なのか――魔王シルバは腕を組んだまま微笑むだけだ。少女が再び正面を向くと、燃え盛る玉と化した蜥蜴が目の前にまで迫っていた。


「えぇい……ッ!」


 オルハは意を決し、その両手を重ねて眼前へと突き出す。炎の蜥蜴が突き当たる寸前、少女の両目が紫に煌めく。


「ッ!!」


 突き出した両手から、黒い影が迸り、少女の眼前に壁のように立ち上がって、炎の蜥蜴の突撃を止めた。


「なっ……!?」


『さぁ――


 シルバが囁くように告げると、影の壁が蠢き、無数の眼光を輝かせた。


『シャ――――!!』


 それはを開けると、炎の玉を丸呑みにしようとした。


「! 灼熱蜥蜴サラマンデル!」


 危険を察知した少女レーアンが、喰らいつかれる寸前、己の召喚者を呼び戻す。

 長い尾を打ち払い、飛び跳ねるようにして影の壁から離れる炎の蜥蜴を、影の牙が掠める。しかしそれはその身に喰らいつくことなく、尾を引く炎をその大口の内に収めた。


「あっつ……!」


 少女オルハの左手首に熱が走る。見れば、〈焦熱〉の魔石が光り輝いている。


「シルバ、これって……!」


のさ、奴の〈火炎〉の魔素を。見てみろ』


 少女レーアンの足元に着地した蜥蜴は、その身を覆う炎を半分ほどに減らしていた。


「やってくれるわね……!」


 それに気づいて慌てた様子の蜥蜴を、赤い陣で囲み、奪い取られた魔素を与えながら、少女レーアンは歯噛みする。


「どうなってるの……?」


『分からんか? 万物霊はその身を魔素によって形作られている。魔素の塊というわけだ。ならば魔素を喰らってしまえば、その身を削るに等しい』


「いや、それは分かるんだけど……」


 修復を終えた炎の蜥蜴を再び呼び出し、レーアンは今一度突撃を命じる。


「行け! 灼熱蜥蜴サラマンデル!」


 やはり真っ直ぐに少女へと向かい、炎の玉と化して突き進む。


『フ、愚直だな……そら、主よ。今度はこちらも反撃だ』


「反撃、って……ど、どうすればいいの!?」


 両の手を突き出し、再び影の壁を作り出そうとするオルハに、シルバは右の人差し指をスイ、と動かしをする。


『違う。だ』


「あひっ!?」


 少女は右脇にを与えられ、反射的に右腕を引く。

 丁度弓を引くような格好になった少女の動きに追随し、影の壁も撓り、軽い弧を描く。


「なん……!?」


 窪みとなった影の壁に、炎の玉が衝き込まれる。


『そら、お返しだ』


 シルバがピン、と右手の指を弾くと、円弧を描く影の壁がその身を撓らせて、その身に抱く炎の玉を上空に向けて打ち出す。


灼熱蜥蜴サラマンデル!?」


 主の呼びかけに応え空中で身を開く蜥蜴だったが、足場となるもののない空中ではただもがくことしかできない。


『さぁ主よ。先ほど喰らった〈火炎〉、奴に返してやれ』


「え、うん」


 オルハは左手首に輝く〈焦熱〉の魔石に触れ、その熱を右手に宿す。


「えっと……?」


 身を撓らせて弓を引くように、右手を引き絞る。魔石から伸びるように〈火炎〉の矢が引き絞られていく。


『そうだ、上手いぞ』


「よーし……!」


 空中にその身を置く蜥蜴を照準し、その矢を放つ寸前。

 オルハの足元に展開していた影の一部がその矢に集束し共に飛び立った。


『シャァ――――!』

『――――!?』


 空気を切り裂く高い音と、影の嬌声を上げながら、螺旋となって飛んでいく矢を、蜥蜴は避けようともがく。しかし、既に落下に入った身はその制御を手放したままだ。


灼熱蜥蜴サラマンデル!」


 矢がその身を貫く寸前、レーアンは己の〈召喚者〉を、己の内に呼び戻した。

 獲物を失い、上空遥か高くに飛び行く炎の矢は、弾けるように霧散し、影は主人たる少女オルハの下へ、音もなく飛び戻る。


『〈召喚者ソーサラー〉を戻したか。ならば〈決闘〉は終了だな?』


「くっ……!」


 シルバの一声に、少女レーアンは忌々しげに唇を噛む。


「勝った、の……?」


 構えを解き、己を取り囲む影を再びその身に収め、少女オルハは息を切らせている。シルバはそんな少女の横に並び立ち、その勝利を宣言する。


『然様。この〈決闘〉、勝者は我が主、導士オルハ――異論はないな? 魔導士の少女よ』


「フン……仕方ないわ。今回は私の負けよ、認めます」


「やった……」


 笑い、オルハはレーアンに歩み寄ろうとする。が、その膝からは力が抜け、へたり込んでしまった。


「……あなた、大丈夫? 勝ったにしては、私よりも疲弊しているようだけれど?」


「あ、はは……なんでかな……」


「当然だ。先ほど〈契約の儀〉を終えたばかりなのだぞ? 魔力の使いすぎであろ」


 始まってしまった少女たちの〈決闘〉を止めることも叶わず、陣の外で見守るしかなかった老師ドーリヤンが、苦々しい顔で二人の下に歩み寄る。


「まったく、勝手なことをしおって! お前たち、懲罰を覚悟しておくのだな……!」


「フン――覚悟の上ですわ!」


 艶やかな長い髪をパサリと払って、少女レーアンはいつもの泰然とした態度を取り直す。そして、少女オルハに鋭く人差し指を突きつける。


「いいこと!? 今回は私の負けを認めますけど、何れ再戦リベンジを申し込みますわ! 覚悟しておきなさい!」


 そしてくるりと踵を返して、学び舎の方へと足音高く去っていった。


「こら、レーアン! ……まったく、呆れた奴だ」


 ドーリヤンは溜め息を深く深く吐き、その背を見送る。


『フフ、愛らしい……あの愚直な様はとても可愛らしいね』


「はは……はぁ―――、つっかれたぁ……」


「オルハ? オルハ! 大丈夫か!?」


 意識を失い倒れ込む少女を、ドーリヤンが慌てて抱きとめる。


『導士、レーアン……か。フフ……実に愛らしい』


 魔王シルバは、己の主を気に掛ける様子もなく、去っていった少女に思いを馳せた。

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