第8話 魔導士/1


 〈契約の儀コントラクト〉を終え、少女オルハと魔王シルバは、老師ドーリヤンの指導の下、魔導士としての心得を説かれていた。

 とは言え、オルハにとっては何度も聞かされた話だ。師の言葉は意識半ばに聞き流し、オルハは己に科された〈契約〉の代償についてを考えていた。


 先ほど、師に触れられたときに走った全身の痺れ。その正体について。


「――であるからして……オルハ、聞いておるのか?」


「あ――う、うん! 聞いてるよ!」


「本当かぁ? 完全に上の空だったぞ」


「え、へへ……あのね、おじいちゃん。ボク、気になってることがあるの」


「気になっておること?」


「そう……」


 〈契約の儀〉の様相が、途中でしたこと。

 シルバとの間で交わされた、〈追従の契約〉。

 そして、己の身に時折に走る、痺れのような感覚。


「ふむ……それはワシも気にはなっておった。シルバよ、お主、儀式に干渉せんかったか?」


 老師ドーリヤンの鋭い眼差しの前に、魔王シルバは表情を動かすことなく応じる。


『全ては済んだことだ、隠し立てをするつもりはない。

 ……確かに。私が〈契約の儀〉に干渉させてもらった』


「えっ」


 オルハも、薄々は気付いていたことだった。が、改めて本人の口から言われると、やはりショックがある。


「……何故だ? 何故干渉などしたのだ」


『貴様が宣言したからだ、少女の師よ。“於いて契約を執行する”と』


「それが、どうして……?」


 これまで、他の導士たちに〈契約の儀〉を行う老師ドーリヤンの姿を見てきたオルハにとっては、何も間違ってなどいない、いつもの手順のはずだった。

 しかしシルバは、そのことに対し俄かに苛立った様子で言った。


『オルハ、私は言ったはずだ。“もしも許してくれるなら、君の召喚者ソーサラーとして従ってもいい”――とな』


 そうして、シルバは少女を己が腕の中へと捉え、まるで老師ドーリヤンから庇うようにその身を護るように抱く。


『私が従うのは、私が召喚主マスターと認めた、この少女だけだ。少女の師よ――貴様にではない』


「お主……」


 老師ドーリヤンは、不遜なシルバに対し、苦りきった顔を向けるのみに努めた。二人の間に漂う不穏な空気に、シルバの腕の中にある少女が、困惑の表情を浮かべているからだった。


『師よ。〈契約の儀コンティアーク〉は確かに完了したのだ。よって、貴様はもう我が主の師としての役目を終えた。……、老士ドーリヤン』


「ぐぬ……!」


 シルバの放つ威圧によって、ドーリヤンが一歩を退く。

 表情は苦悶を極め、腰元に構えられた手に青白い光を放つ球体を作り上げる。魔導士としての長年の経験が、老人に臨戦態勢を取らせた。


「だ、だめ――」


 だよ、と続くはずだった少女の叫びは、横合いよりやってきた別の少女の号により掻き消された。


「お待ちなさい!」


『ん……?』


 シルバがそちらに視線を向ける。ドーリヤンもまた、構えを解いてそちらを見る。


「レーアン……!」


「そうよ!!」


 目を見開いたドーリヤンの呼びかけに、艶やかな長い髪をパサリと払って腕を組み、ふんぞり返るようにして仁王立ちする少女レーアンがそこにいた。


「…………」

『…………』

「…………」


「……な、何よ? 私、お黙りなさいとはまだ言っていませんわ」


 三人分の沈黙を前に、少女はたじろぎ、眉を立てる。


「あ、ごめん……なんか、黙っちゃって」


「フン――オルハ。それからそこの召喚者ソーサラー。話は聞かせてもらったわ」


 少女レーアンは改めて髪を払い直すと、オルハたちのほうを指差して言った。


「――私と〈決闘デュエル〉なさい」

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