第3話 魔導士見習/1


「……あれ、朝だ……」


 気づけば、少女オルハは己のベッドで突っ伏していた。

 寝ぼけ眼で起き上がり、窓に掛かったカーテンを開ける。

 空はどんよりと曇っており、僅かに小雨も降っているようだ。


「…………」


 机の上には、黒く焼け焦げた禁書と、表面の炭化した革手袋、そして見慣れない首飾りが置いてあった。


「夢じゃなかったんだ……」


 昨夜、オルハは禁忌とされる悪魔召喚を試みた。

 結果としては、召喚は失敗に終わった。焦げた禁書と手袋がその証明だろう。

 改めてそのことを思い出し、オルハは肩を落とす。

 見慣れない首飾りを手に取り、ぼんやりとそれを眺める。


「……シルバ」


 昨夜、オルハはが、より強大な存在を喚び出していた。


『……ようやくお目覚めか、我が主よ』


 つむじ風が部屋内に吹き荒れ、どこからともなく出現する……こともなく、魔王シルバは扉を開けて入ってきた。しかしながら、その格好は昨夜のそれではなく、少女オルハそっくりの姿形である。


「……何、その格好」


 一瞬、わずかに目を見開いた少女は、すぐに半目になり魔王を睨めつけた。


『いや何、普通に出歩いては目立つのでな。僭越ながら主の姿を借りさせてもらった』


「……変なことしてないよね?」


 溜息と共に呟き、手袋をしようとして、また溜め息を吐く。


「新しいの、買わないとなぁ……禁書は、黙ってれば分からないか」


 後でこっそり処分しよう。っていうかなんで昨日のうちに処分しなかったボク。


「……それで? どう、こっちの世界は。何か不便とか、ない?」


『そうさな、不便はまぁ色々とあるが……主に如何どうこうできるものでもあるまい。

 進言したところで詮無きことだ』


「まぁ、向こうとこっちじゃ世界の構造から違うんだし、当然存在するための概念も違う……。

 かつてこの地に現れた異界のモノは、生きた人間の血を栄養源としていたと言うわ。恐らく、あなたたちとは違う世界の存在だと思うけど」


『フフ、我が主は世界の相違についても詳しいようだ』


「まぁ、授業で習う程度のことだけどね。異界のモノをこちらの都合で喚び出すんだもの、配慮するのは主の務め。そうでしょ?」


『……さぁ。私には分かりかねるな、我が主よ』


「もう……で? ホントに困ったことはないの? 実は3分しか姿が保てないとか、変身したはいいけど元に戻れないとか、向こうで使えてた力の1割も出せてないとか……」


『はっはっは、それはそれで愉快な状況の提案だが、生憎そういった状態には置かれていないようだ。

 健康状態に問題はないし、魔力も自由に使える。……まぁ、ひとつだけ。問題と言えば問題があるのだが……』


「……なに? 勿体つけてないで言ってごらんなさい。ボクで解決できる案件なら努力するから」


『いやなに、この肉体の事なんだがな。こちらの世界でこちらの世界に適応した肉体を持つとなると、やはりこちらの世界の概念に捉われてしまってね。

 つまりなんだ、……腹が減るのだよ』


 絶妙のタイミングで鳴り響く腹の虫。


「そう……じゃあとりあえず、朝食でも摂りに行きましょう。あ、姿で付いてくるのは止めてね、説明するの面倒だから。

 昨夜の形でいらっしゃい。派手で目立つし、ボクが召喚に成功したってことが知れ渡るからね」


『おやおや、私は主のというわけだ』


「べ、別に物扱いする気はないけど……せっかく召喚できたんだし、自慢したいじゃない」


『分かっているとも、ちょっとからかってみただけさ。さぁ、そうと決まればさっさと行こうではないか。私は空腹なのだから』


「ち、ちょっと! 食堂はそっちじゃないってば!」

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