第14話 フユ
冬。
それは完走の季節。
吐く息が白い。
誰もいない体育館は外と気温の差はない。むしろ仄暗い寂しさが募るぶん余計に寒く感じるかもしれない。
莉緖那は入念にストレッチをしてゆっくりと体を温めていく。
今日は体育の授業と連動したマラソン大会がある。時間内に女子は15キロ、男子は20キロを走らなければならない。
時間制限さえなければそんなに苛酷なものでもないが、男女それぞれに設けられた時間設定はかなり鬼で毎年クリアする生徒はわずかしかいない。
「おす。今日走んだから朝練はないだろ。なんで走る前から体力使っちゃうの?」
今日はすべての部活の朝練が休みにされている。みなマラソンに向けて体力を温存せよとの配慮だった。休みなだけで朝練をしちゃいけないわけではないため、莉緖那は誰も来ないはずの体育館で静かに練習をしようと思っていた。不意打ちに声をかけられ飛び上がりそうになったのはバレただろうか。
振り返るとジャージ姿の小野信吾だ。
「あんただってバットなんか持って練習する気まんまんじゃんか。人のこと言える?」
「外だと風冷たくて寒いし誰もいなくて寂しいからここにいていい?素振りとか筋トレだけのつもりだったからさ」
私の返しに対してまったく違う答えを小野信吾は少し照れくさそうに言う。
「たぶん、坂口と同じだと思う」
莉緖那が返事する前に小野信吾は続けた。
「同じ?何が?」
どうしてか小野信吾には露骨なまでにぶっきらぼうになってしまう。
「ルーティンっていうやつ?いつも必ずしてることだからさ、疲れるとか関係なしにやらないと一日が始まらないというか。やらないほうが疲れるというか」
莉緖那はドリブルを繰り返しシュートを打つ。
小野信吾の最後の言葉に莉緖那は返事をしなかった。コートを往復しながら脇にいる小野信吾を見ると、静かなフォームで素振りをしている。全身に無駄な力がまったく入ってないのがよくわかる。そのくせ振るその一瞬、おそらくボールが当たる瞬間にすべての力を込めているのだろう、静と動が一体となった感じに莉緖那は見入りシュートを忘れて端まできてしまった。
「一日も朝練しなかったことないよな?」
「あんたもそうでしょ?」
「うん。今のとこパーフェクト。修学旅行のときですら俺たち宿抜け出して朝練して見つかって怒られてたもんな」
あれはひどく恥ずかしかった。自分一人ならともかくあの場でも小野信吾と一緒になるなんて。
制服に着替え終わるのを小野信吾は外で待ってくれていた。
「マラソン、時間内いけると思う?」
莉緖那から会話を切り出していた。自分でも珍しいと思った。そして小野信吾もそう思ったのか少し返事に間が空いた。
「いけるよ。俺も坂口も間違いなくいけるだろ」
こんないたずらっぽい笑顔ができるんだなと莉緖那は思った。
乾燥した空気を運ぶ冬の冷たい風にも負けない無邪気な力強さがそこにはあった。
スタート地点。
距離が違うため男女でルートは異なるがスタート地点とゴール地点は同じだ。
再び小野信吾とすれ違う。
「お互い走りきったらさ、なんかお祝いでもしよう」
大きく吐いた白い息が莉緖那の体を包む。
不安や緊張など一切感じない。体がとてもリラックスしている。
感覚で絶対にいけると思った。
乾いた空気に響くスタートを告げる乾いた音が耳に残る。
莉緖那は冬の風になって走り始めた。
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