第13話 冬
冬。
それは観想の季節。
透子は極度の寒がりだ。夏はどれだけ暑くたってへっちゃらだが、冬になると本当に絵に描いたような猫はこたつで丸くなる状態になってしまう。
朝起きる30分前に自動でエアコンと加湿器がつくように設定してあるため、目覚めると寒くて布団から出れないということは回避できる。
加湿器が優秀すぎるのか制御できないポンコツなのか、窓はびっしりと結露でひどい水浸しだ。
これが毎年の冬の朝の光景だ。
目覚めは良いため起きるには起きるが、外に出たくない。働きたくないというわけではなく、寒いところに一秒でも出たくない。家から職場までゼロ秒で行けるなら問題ないが、それは不可能だ。
「三輪さん、おはようございます」
春崎くんはこの寒さの中なぜかコートも着ないで出勤した。
(春崎って名前くらいだから頭の中はいつだって春で温かいのかな?)
バカな考えを巡らして挨拶に遅れた。
「三輪さん?」
「あ、ごめん。おはよう。寒いね」
事務室は暖房こそあるものの古い建物のせいか隙間風も入り込み全然暖かくない。
透子はわがままにも動きにくくなるから厚着は嫌いで内外を問わずわりと薄着だったりするから余計に寒いのかもしれない。
窓がかたかたと風に煽られ音を立てる。その音がさらに体感温度を下げるような気分になる。
暖かい環境であれば透子はいつだってフル稼働できる。でもちょっとでも寒いととにかく何もしたくなくなる。
自分の殻に閉じこもる。
そんな表現が適切だ。でもそんな冬だからこそ透子は毎年冷静にあれこれとゆっくり考えることができる。
他の一切をシャットアウトして瞑想やら無我の境地やら、そういった状態が冬という自然の摂理に応じて透子にはできあがる。そのため一年間溜めに溜め込んだ様々な雑念を一気に熟考する。
「忘年会はみんな忙しくてできなかったから新年会はぜひともやりたいなって思うんですけど、三輪さんどう思います?」
お昼、心頭滅却の透子の元にずかずかと土足で春崎くんが上がり込んできた。
「ああ……新年会……。うん、いんじゃない」
返事とともにもう彼はいない。
(春崎くん今小さくガッツポーズをしたような)
春、夏、秋ときて最後に冬。気づけばもう年が明け、このまままた四月を迎えるのだろうか。
今年も出会いらしい出会いはなかったと振り返りつつ透子は妙な違和感を覚えた。
(あれ……?)
透子の頭の中に春崎くんの姿が浮かぶ。
冬でなければ思考することなく切り捨てたであろうことでも今の透子は向き合える。
彼と出会いはしたものの距離はまったく縮まってなどいない気もするが、進展の速度もまた人それぞれか。
鍋、鍋ですね、と遠くに彼の声がする。
同じ鍋をつつき合うことで深まるものもあるかもしれない。
冬の間にじっくりと彼とも自分とも向き合ってみようとと透子は寒々しい冬の空につぶやいた。
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