第12話 autumn

 秋。


 それは慣性の季節。


 美里は休日の街並みをカフェから眺めることを好んでいた。

 夫と子どもから解放されるつかの間の時間。

 そこに出逢いを求めているのとは違うが、通り行くいい男を見ていて悪い気はしない。


 「お待たせ。テラスだと少し寒くない?大丈夫?」

 恋人一号はとにかく女性への気遣いを忘れない。

 「風もないし、陽射しが心地よいから」


 美里は彼といるといつだって女になれる。

 家庭、仕事とはまた違った女になれる喜びを彼は美里に与えてくれる。


 彼に限らず秋の男は魅力的だ。

 

 荒ぶる灼熱の陽射しをたっぷり受けそれを耐え忍んだ果実が実りを迎えるように、苛酷な夏に反比例して鮮やかに朱く色づく紅葉のように、人間もまた秋に魅力を増していく気がする。

 それは恐らく冬への準備がそうさせるのだろう。

 時に、寒い冬を暖め合って乗り切るパートナーを見つけるため。

 時に、クリスマスに独りぼっちで孤独死しないため。

 時に、冬こそ心が寂しい人につけ込む機会があるため。


 理由はどうあれ、秋に努力し実りを迎えようとしている人間は美しく見える。

 いっときの幻想だとしても。

 

 ある力が働いた結果、進むべき方向が決まりその方向に力強く動いていく。多くの人は抗いたがるもの。それをそれとして受けいれる度量のある人は案外少ないのかもしれない。


 (だって、人はそれを時に怠惰やなまけものとして捉えるんだもの……)


 美里は秋に付き合っている男には特に夢中になる。骨抜きになるといってもいい。

 「恋」という感情が露わに最高潮になるのが美里にとって秋だった。


 恋人一号は女として見てくれる。

 恋人二号は女目線で話を聞いてくれる。

 恋人三号は体を芯から満足させてくれる。


 秋の幻想がより強く美里にそう感じさせているのかもしれないが、誰でもいいわけではない。


 「ランチは地中海料理のお店を取ったよ。気に入ってくれると思う」

 表参道の裏路地を入ったところにあるオシャレなお店。店内でくつろぐお客の姿を見ても店に相応しい格好と振る舞いをしている。

 店内にてウェイターがするべきサービスを彼は自らエスコートと称するがごとく美里にしてくれる。少々過剰とも思える彼のこの行動もつかの間の夢のようで美里は気に入っていた。


 彼は引き際を知っている。決して美里が嫌がることを聞いてきたり、求めたりはしない。

 距離感こそ恋愛を恋愛たらしめる大事な感覚なのだと美里は思う。


 次に会う約束なんて決めたことはない。確約は人を束縛する。恋人たちは美里がそれを嫌うことを理解していた。


 表参道の交差点。

 冬の訪れを知らせる冷たい風が吹きすさぶ。追い風だ。


 美里はその風に乗って、受けた力に抗うことなく秋を楽しむ。


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