第10話 アキ
秋
それは歓声の季節。
文化祭、芸術祭が目立った高校ではあるが、そうはいってもやはり体育祭も大いに盛り上がる。
この学校の体育祭はクラス対抗の球技大会だ。
男子はサッカーとバレー。
女子はバスケとドッジボール。
部活所属組がいるクラスが圧倒的に有利だが、人数制限などの措置は取られない。なので毎年チートな力を誇る偏ったクラスが出てしまうのだが、それらはすべて運だとされる。
莉緖那は教室の窓からグラウンドで行われているサッカーの試合をぼんやりと眺めていた。違うクラスの試合だし興味もなかったが自分の番まですることもないため教室に逃げてきて手持ち無沙汰だった。本当は男子がバレーの試合をやっているが応援したところで結果が変わるとも思えない。
5階の教室に吹き込む秋の風はもうかなり冷たい。
一際強く冷たい風に目を細めると視界に小野信吾の姿が入った。
「サイド、サイド」
「中に入れろ、蹴り込め」
大きな声が飛び交う。
小野信吾は終始相手のゴールが狙える位置につけていた。フリーでボールを受け、前を向く。キーパーと一対一になる。
キーパーは三年生のサッカー部キャプテンだった人だと思う。絶妙なポジショニングで見事に小野信吾からゴールを守った。
「ドンマイ、ドンマイ」
悔しそうにしている小野信吾が校舎に振り返る。
「あ……」
莉緖那は思わず声を出してしまった。なぜか小野信吾と目が合ったのだ。
小野信吾は小さく莉緖那に向かって手を上げた。けれども莉緖那はふんと目も顔も背けてしまった。
横目で小野信吾をチラ見する。ほんのり笑ってるような気がした。
午後、莉緖那のクラスの試合。相手は小野信吾のクラスだった。
勝てば決勝で優勝が狙える。勝負事となれば球技大会といえど負けず嫌いな莉緖那は燃え上がった。
だけどここでも小野信吾と目が合った。莉緖那は一度見られてると思うとずっと自分が見られてるような感覚に陥った。
(自意識過剰。自意識過剰。自意識過剰。自意識過剰。自意識過剰……)
別に自分が見られてるわけじゃない。集中しろ。莉緖那は耳をすました。
聞こえてくるのはコートに跳ね返るボールの音。
この音が莉緖那を高める。
一瞬で相手を抜き去りネットを揺らす。その瞬間に聞こえてくるのは黄色い甲高い女子の声。
莉緖那コールが鳴り止まぬなかでも莉緖那が意識して聞くのは反響するボールの音、ネットを揺らす音、バスケットシューズがコートを擦る音だけ。
(このバスケが生む音だけは私にちゃんと応えてくれる)
試合の後、小野信吾とばったり体育館脇で遭遇した。
「すげえな。さっきの試合さ、急に人が変わったように動きがキレキレになってさ、つい見入っちゃった」
「別に……。バスケ部だし……」
そこにクラスのみんなが駆け込んできた。
「莉緖那、おつかれー。やっぱりすごいね」
女子たちはきゃっきゃっと盛り上がっている。
そこにもう小野信吾の姿はなかった。
(なんなんだよ……)
ひと休みしたら決勝戦が始まる。
様々な歓声が飛び交うコートに小野信吾も来るのだろうか。
莉緖那は立ち上がり大きく伸びをした。
汗ばむ肌に秋の風は気持ちがいい。
(決勝はもっと私のプレーに見惚れさせてやる)
莉緖那は盛り上がった熱気立ち込める体育館の中に足を踏み入れた。
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