第9話 秋

 秋


 それは感性の季節。


 秋は行事が多いことから春にいくつかのイベントが移行したりなんかもしているが、それでも秋は色めくイベントが多い。


 透子は文化祭に向けて必要な書類の作成に追われていた。事務員である透子はもっぱら裏方として生徒主体の文化祭後押ししなければならない。

 この高校で春に移ったイベントといえば修学旅行くらいのもの。文化祭の前には体育祭があり、透子は体育祭の準備を終えてひと息つく間もなく作業をしていた。

 文化祭と連動して行われるのが文化部を中心にした芸術祭。文化祭を挟んだ前後一週間に渡って開催されるこの芸術のイベントも事務員透子の一日の仕事のスケジュールを圧迫していた。

 

 「三輪さん、何か手伝えることありませんか?」

 春に赴任した春崎くんが血眼に仕事をする透子を見かねたのか声をかけてきた。

 「大丈夫ありがと。あ、じゃあ、ここに書いてある書類がすべてそろってるかだけ確認してもらえる?」

 赴任したばかりの春崎くんにとって秋のイベントは荷が重すぎる。教えながら作業していてはとても終わらない。大まかな流れだけでも感じ取ってもらって来年、再来年と少しずつ仕事を増やしていってもらうしかない。


 透子は芸術が好きだ。

 特に詳しいというわけではないが、わからないなりに見ていて感じるものがある。それは大芸術家のものでも素人の作品でも同じこと。そのため、高校生の文化祭、芸術祭でも存分に楽しむことができた。

 事務員ながら生徒が作った作品をデータベースに打ち込む作業もあり、透子は忙しいながらこの作業を密かな楽しみにしていた。

 

 「へー、高校生でもこんな絵を描くんですね」

 突然後ろから声がして画面の黒い部分に反射した春崎くんの顔が映った。いつからそこにいたのだろうか。

 「芸術なんて全然わからないんですけどたまに美術館とかぼけっと眺めるのっていいですよね」

 

 ページをスクロールしていると、春崎くんが再び後ろを通りかかるのがわかった。

 「映像作品なんかもあるんですね。すごいな。未来の映画監督とか出たりするかもですね。僕、映画は好きでけっこう駆け出しの監督作品とかもチェックしたりしてるんです」

 芸の道に興味があるのは本当らしい。目ざとく透子の画面を見て目を輝かせている。

 「文化系の部活にけっこう本格的に予算を当てて力を入れてるから、芸術祭はこのあたりの地域でもよく知られてるの。クリエイティブな道に進む子が多いのもそのおかげなんだと思う」

 「このイベントって僕たちみたいな事務員が見て回ることもできるんですか?」

 「一般公開もされてるし問題ないよ。私らは職員の印を付けたりもできるから巡回と銘打って堂々と見たりもできるかな」

 透子も毎年そうやってこのイベントを楽しんでいた。

 「なら案内してくださいよ」

 なんら色気のないお誘いではあったが、男の人にそうやって誘われるのは随分と久しぶりな気がした。

 「時間があればね。まずは目の前の仕事を片付けないとそんなことも言ってられない」

 

 「恋」とタイトル付けされた絵を前に透子はため息をつく。


 (素直じゃないよな……)


 男性を想う若い女の子の淡い恋心を表現したものだろうか。カラフルに色づくタッチの中に不安や羨望といったものが感じ取れる。


 今日は巡回という体で芸術鑑賞を楽しみ、明日は一般客として映画や音楽を楽しもう。

 結局一人で眺める芸術作品は眺めている透子の心をも反映しているかのように感傷的に映る。


 いや、正解なんてない。

 見る人が自由に感じていい世界がここにはある。


 想うままに。


 透子はゆっくりとした足取りで巡回を続けた。


 

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