第8話 summer
夏。
それは高みを目指す季節。
夏休み。
一昔前であれば生徒と同じだけ休みをもらうことができた。だが、最近は夏休みこそ教師の力を向上させるべく積極的に動かねばならない。
教育機関主催の会議、キャリアの人間たちを前に模擬授業、生徒向けに夏期講習と普段の仕事よりも頭を使う仕事が増えてくる傾向にある。
まとまった休みなんて美里は欲していなかった。生徒と同じだけの夏休みなんて女としての自分を維持するのに逆に神経を変に使って疲れてしまう。
今年の夏休みも充実している。
常に誰かに見られていることが自分を女として高めてくれる。
自分が一番綺麗に映える化粧はもうよく心得ていた。男子生徒の受けを狙ったいるわけではなかったが、メイクはナチュラルに限りなく近い感じにして、髪は結い上げてうなじを見せる。ムスクの香りがほんのり漂うように香水を手首と足首に垂らす。
学校による夏期講習に参加する生徒は意外と多い。
美里が受け持つ英語の授業は一日3コマが5日間。そのすべての授業に顔を出している生徒が一人だけいた。
細野悠真。
確かサッカー部に所属していて校内でも人気があり目立っている。先生たちの間でもその名を知る者は多かった。
美里は自分に向けられる視線の中で先生としてではなく一人の女として自分を眺める視線に気がついていた。自惚れではなく細野悠真は間違いなく美里に惚れていると感覚でわかった。
どの授業でもじっと見つめられている。
そしてどの授業でも目が合い、しばし見つめ合う。
LOVE。
その単語が出てくるだけで美里は微かな高揚感に似たものを覚える。
高校生の恋人はいたことはない。教師としてそれは倫理的に問題となるかもしれない。
だが美里にとって恋に倫理もなにもない。
お互いが欲し求めあうならばそこにはなんの障害があろうと理屈でどうこうなるものではない。
教室の机と机の間を英文を読み上げながら通ると、彼の横を通るときだけ速度が落ちる。
美里には彼も緊張している感じがわかる。
「ぼーっとしないの。授業に集中しなさい」
ちょっと意地悪だっただろうか。
夏。
それは様々な種類の視線が注がれる。
美里はその中で絡み合う視線によって女としてまだまだ磨きをかけることができることを知る。
ギラギラ照りつける太陽は高らかに美里を讃えているように思えた。
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