第7話 なつ
夏。
それは監獄の季節。
夏休み。
由真は、小学生なら泣いて喜ぶこの長期休暇が大嫌いだった。
4LDKの広いマンションにいるのは由真だけ。エアコンによって人工的に空気が冷やされるのを好まない由真はたまに入ってくる生暖かい風だけを涼をとる手段として採用する。
風鈴が温い風に反して涼やかな切れのいい音を奏でる。
夏休みにおける唯一の慰みはこの風鈴の音くらいだ。
両親には長期の休みという概念がない。何が楽しいのか家族を顧みることもなく毎日のように働いている。
お姉ちゃんはせっかくの夏休みに遊ぶという概念がない。何が楽しいのか毎日のようにバスケに励んでいる。
(夏休みなんてなければいいのに……)
エアコンが嫌いと言っても暑いのが好きなわけではない。このバカみたいな灼熱地獄のなかを一人で外に出かけるなんて絶対に嫌だ。
由真と仲良くしてる友達はみんな家族旅行で遠くに行っていて、遊ぶ友達などいない。
一人の時間は大切だと思う。たまに取るべきだ。
でも、一人の時間しかないってのはどうなの。
(清水くんは何してんだろう……)
算数の宿題をしながら頭が熱でぼーっとする。蜃気楼のゆらゆらのなかに清水くんを思い描いてしまった。
「みんなで映画行こうぜ」
清水くんは言った。
それが由真に向けられた言葉ではないことは百も承知だったが、遠くでその声を聞きながら「オッケー」とつぶやいた。
分数の計算が思うように進まない。8+6のせいだ。由真は8+6がなんか嫌だった。なんでかわからないがなんか嫌なのだ。
夏休み。
由真には世界が閉ざされてしまったかのように感じる。
由真だけの世界。
娯楽はなく、家族も、友達も、いない。
清水くんにも会えない。
チャイムが鳴ったのはそのときだ。
由真はぼんやりする頭でモニターを眺める。
(清水くん……?)
「お届け物です」
元気のいい男の人の声で我に返った。
モニターに映るのは配送業者の男性の姿だった。
夏が終われば閉じた世界も終わる。
開かれた自由な世界はもうすぐそこだ。
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