第6話 ナツ

 夏。


 それは反響の季節。


 体育館には莉緖那の姿だけ。

 ゆっくりとボールをバウンドさせる音が心地よい。

 試合の最中でも本当に集中しているときはこのボールが弾む音がいつだって聞こえる。莉緖那はこの音が大好きだった。この音によって高まる気持ちをバスケットゴールに届ける、そんなスポーツを愛していた。


 夏休みの練習はほぼ毎日。

 莉緖那は毎朝まだ誰も来ていない体育館にて一人練習を始める。

 

 遅れて二番目に現れるのは決まって野球部の小野信吾だ。

 外付された倉庫はなぜか体育館の中を通って毎回中から鍵を開けなければいけなかった。

 彼のことを初めて見たのは始業式のとき。夢のような一瞬の淡い片想いを抱いた相手だ。

 あれ以来まったく姿を見ていなかったのに、夏休みに入り毎朝のように顔を合わせ、軽く会話をするまでになってしまった。


 今日は一際早く来たのに向こうもなぜか早く来ていた。

 「おす、今日は早いんだね」

 ちっちゃな偶然に言葉を交わしたくなる気持ちは莉緖那もなんとなくわかった。

 「いつも頑張ってんな。なんでバスケ好きなの?」

 珍しく踏み込んでくる小野信吾に少し警戒心を持ちながらも莉緖那は言葉のキャッチボールを受けた。

 「あんただっていつも頑張ってんじゃんか。わかりやすいから……」

 「え?わかりやすい?」

 「野球ってさ、せっかく頑張ってバットにボール当てたのにそれが点に結びつかないこととかあってわかりにくい。バスケはネットに入れれば点がもらえる」

 返事を待たずに私はドリブルとともにその場を後にした。


 夕方、グラウンドを取り掛かると野球部の姿が見えた。

 同じ格好でたくさん人がいるのに真っ先に小野信吾を捉えたのは不思議でならなかったが、彼はバッティングの練習に励んでいた。

 重そうな金属バットを軽快に振り込んで周囲に暑さも吹き飛ばしそうな爽快な快音を響かせている。

 莉緖那に気がついたらしく目が合った。

 「いい音だろ?」

 聞こえるはずのない声が届いた気がした。


 夏の夕方。

 外では様々な音が飛び交う中で小野信吾の繰り出す音に莉緖那はしばし耳を傾けていた。


 

 

 

 

 

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