第4話 spring
春。
それは成長の季節。
職員室の美里の机からは正面に満開の桜の木が見える。その桜の木を先頭に斜め左下に向かって坂道を華やかに彩る。
満開の桜を見ると誕生日でもないのにまた一つ歳を重ねた気分になる。それはきっと教師という仕事で毎年春が新年度のスタートだからということもあるのだろう。
桜が満開になる頃、人々の生活も新しくスタートを切る。
今年でもうこの学校で英語を教えるのも10年になるというのに、仕事内容や生活は一見すると変わってないのに、それでも美里は桜とともにまた一つ経験を重ねたことを知り、去年の自分はもういない、それが十分に新生活のスタートだと感じていた。
Spring has come.
どの学年を担当していても初回の授業はこのフレーズから始める。
「桜とともに、新しい自分を感じてください」
誕生日が来れば36歳になる。
同世代の友人たちの多くは結婚し、子どもを授かり幸せな生活を手に入れている。
だが、多くは一人の女から母となり、新しい人生をスタートしている。
もちろん母でありながら一人の女であり続けることを選び生きている人もいるが。
どれもが人生だ。
美里も夫がいて、娘がいる。それでも今なお女として生きることを許されているのは、美里を女として見てくれる恋人たち。
彼らがいるから、美里は女を決して捨てない。いつでも女子力を磨き、さらなる高みを目指す。それは仕事にも活力を与える。美人英語教師というブランド、男子生徒からの露骨なまでの色めいた羨望の眼差し、すべてがきらめく。
留学をしていたとき美里は複数の男と付き合うことのメリットを知った。
「ポリアモリー?」
シカゴで知り合った友人は美里にそれを教えた。
「複数の人と合意の上で性愛関係を築くという価値観だよ」
最初は、ただ欲にまみれて複数の男と関係を持つというそうした浮気を正当化しているだけに思えた。
けれどもポリアモリーを掲げている人たちに浮ついた気持ちなどない。自分にはこの人との関係もあの人との関係も必要不可欠だと真剣にパートナーと向き合ってすべてオープンに関係を構築していた。
夫とは激しい恋の末、当たり前のように結婚をして子どもにも恵まれた。美里はそこでただ母になることを拒んだ。
夫は美里を母としてしか見なくなり、あんなに激しかった恋の炎はもはや燃え尽きようとしていた。
そんな美里が抗うように女を磨いているのを認めてくれる男がいた。お互いを必要として、美里が夫にないものを求める対象として、彼は必要だった。
「僕は君を愛している。でも昔みたいに体を重ねたりする気は確かにあまり起きないのも事実だよ。君が僕を愛してくれているのはわかった。君が他の男に恋をして、それで家庭が円満であるなら僕は君の恋を応援する」
美里が正直に自分の気持ちを夫に打ち明け、何度も話し合った末に夫から言われた言葉だ。
実際のところ夫はどんな心境でいるのかはわからない。それでも綺麗なことを褒めてくれることが増えた。
美里は浮気などしていない。
付き合う男のことはすべて夫にオープンにしている。それでも世間の風当たりはあまりいいものではない。
恋人たちの存在があるから家族をも本気で愛することができる。そんな形があってもいいのに。誰に文句言われる筋合いもない。
桜を見ると美里は思う。
人は人との交わりでもってでしか生きていけない。
また新しいスタートを切り、新しい交わりの中に身を置くのかもしれない。
一分一秒、成長を感じる。
桜は満開になったばかりだ。
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