第5章
太陽の四騎士と魔法の対価 1
モニカ・エレクトラは、長い階段の上にそびえ立つ神殿を見上げて、足を止めた。主のいなくなった神殿は、しかし、思ったほど荒れてはいなかった。
……天空の神殿。
その神殿の巫女であったマリディア・ティリアは、三年前の反乱で魔道師ルトに加担して命を失った。マリディアと共にこの神殿を守っていた天空の騎士シルフィウスは、あの事件以来、姿を消し、その消息は分からないままだ。
反乱の少し前に、モニカはこの異世界に召喚された。
まだ十三だった。
何不自由のない暮らしから一転、歴史を数百年遡ってしまったのではないかと思われるようなこの世界で、右も左も分からずに、ただ途方に暮れていたモニカを助けてくれたのが、マリディアだった。
騎士の剣を与えられて皇帝騎士団に入ることになった時も、この世界の知識を教え、導いてくれた。親切で、優しい人だった。悪い人ではなかった。……と思う。
モニカをはじめとする異世界から召喚された騎士達の多くは、天空の騎士シルフィウスに従って都へ赴き、他の騎士達と戦った。自分がどういう状況に置かれているのかなど、考える余裕もなかった。ただ、身を守るために戦った。自分が恩を受けたシルフィウスやマリディアが戦わなければならない敵ならば、自分にとっても敵なのだろう……そう思っていたから。
だが、事が終ってみれば、お前たちは罪を犯したのだと言われた。
マリディアは罪人として捕えられ、その後、裁きを待たずに自ら命を絶ったと聞かされた。モニカたちは、異世界に来て間もないこと、彼らに扇動されたのだろうということから罪を減じられ、謹慎処分となった。
…… 何が正しくて、何が間違っているのか。
以来、モニカはずっと自問している。マリディアが悪なのだとしたら、この世界では、一体、何が正義なのか。
よく分からない。
この世界は皇帝を中心に回っていて、皇帝が正しいと思うものが、全て正しいのか。ここは、そんな単純な世界なのだろうか……繰り返し繰り返し、気が付けば同じことを考えている。
それでも答えは、まだ出ない。
あの事件以来、モニカはずっと自分の神殿に引き篭もっていた。皇帝騎士団の騎士という、自分の存在意義が分からないまま、そして、元の世界に戻る事も出来ないまま、ただ、悶々としていた。
事件から半年ほどして、謹慎は解かれ、カディスからの召喚状が届いたが、都へ行く気にはなれなかった。召喚状は、その後も何度か届いたが、病と称して応じなかった。そうして、気づけは三年の月日が流れていた。
そんなモニカの元に、今度は、天空の神殿からの召喚状が届いたのだ。
この国には、都にある太陽の神殿と月の神殿の他に、十五の神殿があり、それらは
天空の神殿からの召喚 ……それは即ち、天空の騎士からの召喚ということだ。天空の騎士が、神殿に戻ったのか。その真偽を確かめたくて、モニカは重い腰を上げた。
神殿の階段を上り切ると、柱の影に人の気配を感じて、モニカは足を止めた。反射的に腰の剣に手をやって、気配を伺う。
「そんなに殺気を出しちゃ、相手に気づかれるぞ」
知った声がして、モニカは詰めていた息を抜いた。
「……斬り合いは苦手なんだ」
「相変わらず、甘いんだな、お嬢は。騎士団の人間が、今更、何を言ってんだか」
からかう様に言って、柱の影から姿を見せたのは、雨の騎士、リフィスレント・リセントスだった。
「ま、イザという時には、俺が守ってやっから」
最後に会ってから半年。モニカの中ではこの男の存在は、もういい加減、他人とまではいかないまでも、顔見知りぐらいには格下げになっている。それが、以前と全く変わらない、馴れ馴れしいような鬱陶しいような絡み方をしてくるリフィに、モニカはあからさまに不機嫌な顔になる。
十歳の年齢差 …… 多分それのせいで、殊更リフィはモニカを子供扱いする。同じ騎士という立場であるのに、何かと押しつけがましく世話を焼かれる。いわゆる余計なお世話、という奴だ。モニカには、それが実に鬱陶しい。
「結構だ……そんなことより、天空の騎士は……」
不機嫌な声で問うたモニカに、リフィは少し苦笑しながら首を振った。
「ここにはまだ、戻っていないようだ」
「本当に、シルフィウス様が……」
「それは、どうかな。祭壇に剣がなかったから、この世界のどこかに、天空の騎士はいるんだろうが……」
反乱に加担し、皇帝に背いたシルフィウスが、天空の騎士でいられるとは思わない。
「では、この召喚状は……」
モニカが懐から出した書状には、くっきりと、双月星の紋章が押印されている。それは、紛れもなく天空の騎士の紋章だ。
「待っていれば、そのうち、誰か現れるんじゃないか」
曖昧に答えたリフィだったが、天空の騎士以外に、こんなことが出来る人物に心当たりがない訳ではなかった。
魔道師長ランディス・フラーム。
その人からの呼び出しなのだとしたら……つい、本音が口をついて出た。
「……厄介ごとは、勘弁して欲しいなあ」
「それが使命だと思って、諦めてくれ」
不意に横で声がした。リフィは心中で、ため息をついた。
……あーあ。やっぱり魔道師長様のお出ましだよ……
いつの間にか、黒衣の魔道師がそこに立っていた。
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