太陽の四騎士と魔法の対価 2
「ランディス・フラーム様」
モニカが直立姿勢を取った。
「と、て、も、元気そうだね、二人とも」
ランディスがにこやかに、しかし皮肉混じりに言う。共に病気と偽って都からの召喚を無視していたのだから、仕方のないことではある。今更、病気の振りをする訳にもいかず、二人は決まりの悪そうな顔をする。
「何しろ、人手が足りないんでね。いい加減、君たちにも働いてもらわないくちゃ、ならないんだけど?」
ランディスが、何やら含みのある言い方をした。
皇帝騎士団の一員として、皇帝に忠節を誓うのかどうか。改めて、その答えを迫られているのだ。今なら、騎士の剣を、ここに置いて、騎士を辞めることも出来る。出来るのだろうが……
リフィは、そっとモニカの横顔を盗み見た。
……このお嬢さんは、辞めないんだろうなあ……
変に生真面目な所がある娘だ。自分とは何ら関係のない世界の事を、自分の事の様に考えている。係わってしまったのだから、他人事ではない、という。剣を持つ姿なんか、てんで似合わないくせに。
「……分かりました」
真っ直ぐな瞳をして、モニカが答えた。その答えに、ランディスがリフィを見る。そうなると、リフィは仕方なく、頷くしかない。
この娘を、一人になんて出来ないじゃないか。危なっかしくって。煙たがられているのは知っている。それでも、いつか元の世界に戻る時まで、自分だけはそばにいてやろうと思ってしまったのだから仕方がない。
信じていたものに裏切られたことに傷ついて、前に進めなくなってしまっているこの娘に、世界にはお前を裏切らないものだってあるのだと分かって欲しいなんて、自分はそんなことを考えてしまったのだから。
「では、任務の話を……」
言いかけたランディスを、モニカの凛とした声が遮った。
「その前に、一つ、お聞きしたいことがあります」
「何だい?」
「天空の騎士は、今、どちらにいらっしゃるのですか?」
モニカの問いに、ランディスはにっこり笑った。
ここ、笑う所じゃないよなあ……と、リフィは内心思う。年は若くても、彼は、帝国の魔道師長なんぞという肩書きを持つ。仮面を被るのがべらぼうに上手い。その心中を見透かすのは、容易ではない。
「……そうだな、君たちが任務を果たして、都に戻って来る頃には、お戻りだろう」
どうも、魔道師の言葉は、信用できない。リフィなどは、そう思う。
何とも、あやふやな物言いをするではないか。天空の騎士の名前を、突っ込んでやろうか……リフィはそう思ったが、モニカが心なしか嬉しそうな顔をしたので止めた。
魔道師は、シルフィウスに会える、とは言わなかった。だが、モニカがそう思ってしまったのなら、しばらく誤解させておいた方がいいのかも知れない。それでモニカが、少しでも元気になるのならば。
モニカに限って言えば、病というのも、あながち嘘ではない。体ではなく、心の病だ。知らない世界に連れて来られて、訳も分からず、お役目を押し付けられて、ただ、仕事に忙殺されていた。剣など握ったこともないお嬢さんが、訓練で毎日剣を振り回すだけでも、大変な事だったはずだ。
適当に手を抜けば良いものを、真面目さがそれを良しとしない。そんな彼女が、唯一、心の拠り所としていたのが、天空の騎士シルフィウスだった。剣の持ち方から、騎士の立居振舞まで、丁寧に教えてくれた。一番心細い時に、その手を取って助け起こしてくれた。その存在が、彼女の心の中で大きな位置を占める様になったのも、不思議なことではない。
だが、その敬愛するシルフィウスの存在が、頭から否定されたのだ。信じ、頼っていたものを失って、モニカは心に傷を負った。以来、その傷を癒すこともせず、自分の殻に閉じこもったまま、三年という月日を送ってきたのだ。
今度の任務は、良い機会かもしれない。この先も、この世界で騎士として生きていくのか。与えられた運命ではなく、自分が選んだ運命として、騎士を選ぶのか。彼女は、きちんと考えるべきなのだから。
与えられた任務は、カーシアの南の孤島にある、二つの神殿から、騎士の剣を回収すること。
この神殿の騎士達は、海竜族だったが、どうも召喚の使者と行き違いに、商船で商いに出てしまったのだという話だった……にしても、魔道師長様なら、そんなことぐらい、魔法で何とか出来ないのか……
そんなリフィの心中を、読むかの様に、ランディスが付け加えて言った。
「それから、これはまだ、極秘扱いなんだが……」
続けて言われた言葉に、リフィとモニカは顔を見合わせた。
「もう少し、驚いてくれてもいいんだぞ」
…… 皇帝陛下が、崩御された。
ランディスはそう言った。
皇帝だって、人間なんだから、死ぬ事だってあるだろう……王様の代替わりなんて、よくある話だ。異世界の人間である二人には、その程度の感覚だ。
そんな、二人の様子を、やれやれ、という感じで、ランディスは更に説明を加える。
「このランドメイアの皇帝は、全ての魔法を統べる力を持っているんだ」
「だから……?」
「皇帝が居なくなると、魔法の力が弱くなって、使える魔法が限られる」
「そりゃ、魔道師にとっては、大問題だな」
「そう、他人事の様に」
ランディスは苦笑した。
この国は、今、滅びの際にいる。そう言ってみても、所詮、この男には、他人事なのだろう。
「まあ、いい。大事な任務だからね、気をつけて行ってきてくれ……」
言いながら、その姿が消えていく。魔道師の気配が消えたところで、モニカがぽつりと言った。
「……影が、無かった」
リフィは、気づいていなかった。虚像だけを、ここに送ってきたのか。使える魔法が、限られると言っていた。つまり、実体を飛ばす程の魔法は、もう使えない 、ということか。
「……もし、魔法が使えなくなったら、この国は、どうなると思う?」
ふと思い付いた様に、モニカが聞いた。
「……魔法なんて無くったって、大抵、人間は生きていける、と思うがな」
例えば、車がなければ、歩けばいい。魔法は、便利な道具と一緒だ。ただ、厄介なのは、この国の人間は、魔法に寄りかかり過ぎているということだ。ここでは、魔法が、皇帝や神様の存在と表裏を成している。つまり、魔法が無くなるということは、皇帝や神の存在をも消してしまう、という事なのかも知れない。
「でも、始めに魔法ありき、で始まった場合は……?」
「おとぎ話なんかじゃ、普通、魔法で出した物は、みんな消えて無くなるお約束だけどな……」
モニカの深刻そうな表情に気づいて、リフィは慌てて、言葉を継いだ。
「お嬢は、物事を難しく考えすぎなんだよ。騎士の剣を取ってきて、都に届ける。それが、俺たちの使命。そこまで付き合えば、もう充分だろう。終ったら、騎士を辞めて、元の世界に戻してもらおう」
「でも……」
「そっから先は、あの魔道師の仕事だろう?」
「でも、リフィ……」
リフィはモニカの肩に手を置いて、その顔を覗き込む様にして言った。
「……このままじゃ、お前、壊れちゃうよ。この世界は、お前のいるべき世界じゃないんだ」
「でも、私は……シルフィウス様が……」
モニカの瞳から、涙が零れ落ちて、その先は言葉にならなかった。彼女が、その気持ちに決着をつけるまでには、まだ、時間がかかりそうだった。
水晶球に映し出される、リフィとモニカの様子を眺めて、ランディスは椅子にもたれ掛かり、天井に向けて大きなため息を吐き出した。
ルトの召喚魔法 …… 異世界から騎士を召喚したというあの魔法は、本当は、騎士を召喚する為に行ったのではなかった。召喚されるはずだったのは、実はダーク・ブランカ様だった。それが、どういう行き違いか、異世界の、何のかかわりも無い者達を巻き込んでしまったのだ。
……全てが、偶然のことなのか……あるいは、必然あってのことなのか……
ランディスは、頭を振って、考えるのを止めた。事態は、もう動き始めているのだ。今となっては、問題を一つづつ片付けていくしかない。
気を取り直しランディスは、再び水晶珠に向きあい、その表面を軽く撫でる。
「……おいおい、勘弁してくれよ」
そこに、新たに映しだされたものを見て、ランディスは又、ため息を付いた。
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