犠牲者

教授の破天荒な教えの次の日の早朝突然久留矢が訪ねてきた。

日曜日なのもあってかかなり遅く起きた弔はまだ眠い瞼を擦り扉を開けた。

久留矢はいきなり弔を押し倒して中に入ってきた。

そして手早い動きで鍵を閉めた。

弔はぶつけた自分の背中をさすりながら


「なんだよ久留矢・・・」


と少し怒った風に言った。

だが久留矢はそれどころじゃないという風な顔だった。


「きょ………教授が…………」


教授がどうしたのだろうか?

弔はその先を聞こうとした。

しかし久留矢は言葉を発さなかった。

何も言わずにうなだれる久留矢

弔はなんとかしようと久留矢の手を取った。

しかし久留矢は弔の手を拒絶した。

こんな久留矢は初めてだった。


「くっそ!」


弔は久留矢を置いて走った。

教授の家は川を渡った先だ。

走ったら五分もかからない。

川についた。

今度はちゃんと橋を渡った。

橋を渡ればすぐそこだ。


だが教授の家の周りは既に警察に封鎖されていた。


まだ弔は理解するという行動には至らなかった。


封鎖線の前で立往生している弔のポケットの携帯電話がなった。

かけてきたのは久留矢だった。


「おい!久留矢これはどういう・・・」


弔は問い詰めようとした。

電話の先で久留矢が泣いているのを聞いて弔は問い詰める事をやめた。

泣きながら久留矢は震える声を絞るように発した。


「教授が…………死んじゃった……………」


弔は携帯電話を落とした。

川辺の中身のないヨシが風に揺られた気がした。





教授が亡くなってから1日後日曜日弔の家のインターホンが鳴った。

久留矢が家に駆け込んだ時と同じ早朝だった。

弔は虚ろな目でドアを開いた。

教授の死という現実を受け入れられないと言う精神からだった。


扉の前に立っていたのはコート姿の中年ぐらいの男性だった。


「刑事の山本勘助です」


そう言って警察手帳を見せた。

弔は虚ろな表情で警察手帳を見た。


「桐谷弔君だね」


弔は自分の名前を呼ばれてもまるで自分ではないという風だった。


「…………はい…………」


弔の体は押せば倒れるような人形だった。

山本勘助は抜け殻のような弔を見つめ口を開いた。


「話を聞きたいのだけれど大丈夫かな?」


弔はただ


「………………はい………………」


と答えた。


弔は聞かれた質問に全て答えた。

機械のように正確に無造作に。

山本刑事の質問がすべて終わった時も弔は抜け殻のままだった。


弔は最後に山本刑事に声をかけて質問した。


「……………山本さんは知ってますか?って……………」


山本刑事は静かに振り向いた。


自室の作品Aの原稿用紙が無風の室内で静かに揺れた。








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