不在着信

大学のサークルには僕以外にも色々な人が小説の原稿を書いている。

弔は人見知りなこともあってか親しい人はあまりできない。


だが一人だけとても親しくしているサークル仲間がいる。

幼馴染の久留矢未来だ。

久留矢自体が人にすぐに打ち解ける性格なのもあっていつも仲良くしてくれる。


「やあ!弔!」


それが久留矢未来という人だ。

そして今日も久留矢と一緒に通学する。

サークルに入ったのも久留矢が誘ってくれたからだ。

今日も久留矢にあって日常がはじまる。

弔は今朝会った少女のことを考えるのをすでにやめていた。


大学に着くと戸村教授が待っていた。

教授は弔の作品の進行状況を聞いた。

弔は正直に昨日は妹に妨害されて書けなかった。と言った。

戸村教授は笑って「それでは仕方ない」と言った。

その日はそこで戸村教授と別れ久留矢と共に授業に向かった。


夕方弔と久留矢は教授の元に向かった。

久留矢が小説の原稿を書いたのでそれを提出しに行くという。

弔はそれに付き合うことになった。


教授は久留矢の原稿を見た。

久留矢は確かファンタジーを書いている。

ファンタジーは書いたことはないがサークル内でもかなり面白いと評判だ。

弔は教室の外で待っていた。

中では教授と久留矢が話をしている。


弔は正直に言うと久留矢が好きだった。


幼い頃からずっと好きだった。

明るくて人とすぐに親しくなれる。


それが久留矢の美しさだった。


だけどその分みんなともすぐに仲良くなる。

教室の中では久留矢以外の生徒の声が聞こえてくる。


だから久留矢とはこの距離がいい。


弔はそんな諦めを心の中で一人つぶやいて出口に向かった。


外に出た弔を教授が呼び止めた。教授は突然「川に行かないか?」と言ってきた。弔は断る理由もなく「わかりました」と言った。


教授と弔は川に向かった。


弔と教授は川辺に座った。

教授は口を開いた。


「弔君あの植物を知ってるかい?」


そう言って教授は生い茂っている葦を指差した。


弔は普通に「葦・・・ですよね・・・」と答えた。

「そうだね」教授は立ち上がった。


「では確かめてみよう」


弔は予想外なことを言われ戸惑った。

「確かめるって・・・」

そう言ってる間に教授はズボンをロールアップして靴と靴下を脱ぎ始めた。

弔はまさかと思いながら質問した。


「まさか・・・この川を渡る気なんですか・・・」


教授はさも当たり前というふうに

「そうだよ」と答えた。

弔は慌てた。


教授にだけこの川を渡らせるわけにはいかない。

弔もズボンの袖を上げて靴と靴下を外した。

そして急いで教授の後を追った。


「うわっさすがに冷たいなあ」


教授は素足を川に浸してすぐに離した。

弔も川の流れに近ずいて素足で触れてみた。

予想以上に冷たいしかも深さもそれなりにありそうだ。


「これはさすがに無理ですよ・・・深いですし・・・」


弔は教授に諦めるように進めた。

このまま諦めてもらわないと困るからだ。

しかし教授は頑として折れる気はないようだ。


「いや昔日本の武士もヨーロッパの兵士も川を渡って戦をしてきたんだ。人は挑戦するとき常に川を渡っているんだよ」


弔は教授が歴史科を教えていることを思い出した。

だがそんな悠長なことを考えている暇はない。

教授はゆっくりと川に入った。

こうなれば弔が続かないわけがない。

弔は緊張しながら川に入った。

川は思った以上に深く腰のあたりまで水が浸かった。

教授が先に川の反対側に生えていた。


葦のところまで来た。

弔も必死に前に進んだ。

ズボンにはもう完全に水がしみこんでた。

やっと教授の元にたどり着いた。

教授は弔がつくと葦の茎を折った。


「これは葦じゃないなヨシだ。」


折った茎を見て教授は言った。

それとなく弔が「え・・・葦のように見えますけど・・・」

と尋ねた。

教授は説明した。


「ほら中身が空っぽだろう?これはヨシなんだよ地域によって呼び名が違うけどねそして逆に葦には綿のようなものが詰まっているんだ」

弔はおもわず


「なるほど・・・」


と感心してしまった。

教授は防水性の腕時計を見て


「おっと・・・こんな時間か・・・」


教授はそう言って渡ってきた川を戻り始めた。

弔も続いて川を引き返した。

あたりはもう黄昏時だった。


弔は家に帰ってズボンを乾かしていた。

ズボンを物干し竿にかけてやっと一息ついた。


何気なく弔は自分の携帯電話を開けた。

弔のケータイは今時珍しいガラケーだ。

携帯電話を見ると一軒の不在着信が来ていた。


かけてきたのは戸村教授だった。

時間はついさっき二分ほど前だ。

弔は教授の電話にかけた。


「現在持ち主がいませんピーという発信音のあとに・・・」


そこまで聞くと弔は携帯電話から耳を離した。

窓の外でパトカーの音が聞こえた。

弔は首を傾げながら携帯電話を閉じた。


ずぶ濡れだったズボンはもう完全に乾いていた。
























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