第4話 HGZZ爆弾

「新しく配属されたというのはきみか」

 新しい上司らしき人物がぼくに聞いた。

「はい。よろしくお願いします」

 ぼくは新しい部署で何をしたらよいのかわからなかったので、上司から説明があるのを待ったが、何も教えてくれないようなので、自分からたずねてみた。

「ここの仕事の目的とは何なのですか」

 上司らしき人はふうむとうなずいて、少し考え、こう答えた。

「爆弾の開発だよ。新しい爆弾の開発。それがこの部署の目的だ」

 爆弾の開発とは。

「みんな、爆弾を開発しているのですか」

「そうだよ。きみも邪魔にならない程度に爆弾の開発の真似事でもしていたまえ」

 上司はそう言い捨てて、部屋を出て行ってしまった。

 大勢の作業員がいる研究所で、ぼくは戸惑ってしまった。あの作業員も、この作業員も、あの女性の作業員も、みんな、爆弾の開発をしているのだ。人殺しの研究をしているのだ。

 科学技術は人類の幸福に寄与するものでなければならない。ぼくはそう考えながら、設計図を広げた。まったく難解な図式で理解できない。量子力学と超ひも理論を題材にしたさらに複雑な科学について記述されているように思える。

 ぼくはまず参考までに「人によって引き起こされた核爆発以外の大爆発一覧」というものを調べ、考えた。

 「ハリファックス大爆発」。カナダの船同士が衝突し、うち一隻はピグリン酸を積んでいたため大爆発し、1500名が死んだ。

 痛ましい事件だ。なぜ、こんな大爆発を起こす爆弾を作らなければならないのか。

「イラク戦争にいけるイラク空軍基地への空撃」。一九九一年一月二十八日、アメリカ空軍による爆撃は核兵器を除く人類史上最大の爆発と称された。

 戦争だ。やはり、大勢が死んでいる。

「仮にこれらの爆発が同じ因果律に基づく爆発だとしたらどうだろうかな」

 同じ作業員の佐々木さんが話かけてきた。佐々木さんは作業台にわけのわからない装置をたくさんつなげてわけのわからない実験をしている。

「どういうことです」

「きみは西田幾多郎の「絶対矛盾的自己同一」を知っているかね?」

「いえ、知りません。名前を聞いたくらいなら」

「そこでは、直観は未来から現在を認識し、機械的身体は過去から現在を認識するため、現在において未来から見た現在と過去から見た現在が絶対的に矛盾するとしている」

「難しい話ですね」

「この研究所では、人工神経回路による直観の再現実験も行っている」

「それはすごいですね」

「意味がわかるのかい?」

「いえ。わかりません」

「うむ。素直だな。わかるまで考えたまえ」

 そして、ぼくは自分の作業台に戻った。

 「ハイファックス大爆発」「イラク戦争におけるイラク空軍基地への空爆」、そして、直観が未来から現在をとらえるという絶対矛盾的自己同一。つまり、時間だ。これらの爆発はひとつにつながっている。この研究所は、時間を遡行する爆弾を開発している。

 過去に起きた爆発のすべてを因果律でつなぐ爆発連続線。この爆発連続線の先にあるものは、この研究所の未来だ。もしかしたら、この爆発連続線は遥か太古のビッグバンまでさかのぼるのかもしれない。

 いったいこの研究所の未来で何が起きるというのだろう。

「因果律が過去から未来へ向かうというのは先入観だ。因果律は未来から過去へも向かいうる」

 佐々木さんはいう。ぼくはいったい自分で何を開発しているんだ。

 日本で大規模な正体不明の大爆発が起きた。死者は千名を超えるという。

 ぼくは自分でいったい何を開発しているんだ。

 そして、第三次世界大戦が始まった。

 世情に疎いぼくには、まったくそんな話は聞いていなかったのだけど、第三次世界大戦が始まってしまった。不思議な戦争だった。敵味方の戦力がみんな、正体不明の爆発に巻き込まれて死んでいくのだ。いったい誰がこの爆発を起こしているのか。

 それはぼくにはわかる。この研究所で未来に作られる時間兵器によって爆発しているのだ。

 ぼくは必死に研究に没頭した。みんなで力を合わせて研究を進める。そして、完成した時間兵器は、研究員のほとんどがそれが時間兵器であることには気づいていなかったけれども、まちがいなく時間兵器であり、第三次世界大戦が終わりに近づいていたその時、敵味方のほとんどの戦力を破壊せしめた爆弾であった。

「おれたちの作った爆弾は、殺戮兵器じゃない。敵からも味方からも戦力をそぎ、平和をもたらすものだ」

 そして、時間兵器が爆発して、その時を起点に未来から過去への宇宙の創世があった。宇宙はぼくたちの開発した時間兵器によって誕生したのだ。

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