決戦、第三模擬戦場
イリーナは目の前の少年の在り方に──酷く困惑していた。
何故、どうして──彼に対する疑問が彼女の胸の中で渦巻いていく。
無論、そんなことは彼自身も理解している筈だ。
自らの能力を過信する訳ではないが、相手は無能力者──本来なら戦闘にすらならない相手。
こちらが
なのに──何故?
幾度目かの困惑がイリーナの胸をよぎる。
どうして──彼は諦めないのか。
如月大河。能力者相手に、真っ向から挑み掛かってくる無能力者。彼の目はまだ闘志を燃やしている。諦めの色など、微塵も見受けられない。
彼自身、自身の圧倒的な劣勢を悟っているのか僅かに体が震えている。それは恐怖によるものだろう。だが、それを自覚していながらも、こうして真っ直ぐに挑み掛かってくる。
愚直に、恐ろしい程素直に。
理解出来ない──絶対に敵わないと分かっていて、何故挑んでくるのか。
イリーナには彼が何を考えているのかわからなかった。
ただその事実が、何よりも恐ろしい。
イリーナ自身、ロシア軍時代に表沙汰にされない幾多の
だが、こんな人間は見たことがない。
大抵の
本能的に──絶対に敵わないと理解するからだ。
なのに──
如月大河が発砲。集中的に空気断層の一点を狙う。だが無駄なことだ。拳銃弾程度をいくら集中させたところで、
彼にとっては絶望的であろう状況──だというのに、こちらを見据えるその瞳には、強い──意志が映っている。
(何なのよ、本当に……)
得体の知れないモノへの恐怖。
一瞬の逡巡。
それが──イリーナにほんの僅かな隙を産んでしまった。
(しまっ……)
マズい、と気付いた時には、如月大河が動いていた。
そこでようやく理解する。彼は待っていたのだ。こうやって自分が隙を見せた瞬間を──
如月大河は腰にぶら下げていた『何か』を掴み取ると、即座にイリーナに投げつけた。
目前に転がってきた『何か』。それを見て、イリーナは反射的に身構える。
(これは──)
丸い形をした黒い物体──その上部には、レバーとピンのようなものが付いていた。
しまった──自分の顔から血の気が引いていくのがわかる。これは手榴弾だ。
イリーナは咄嗟に意識を手榴弾に向け、自分の周囲に
手榴弾は破片を周囲に撒き散らし、敵を殺傷する武器。
この距離で
イリーナは自身の周囲を覆うように展開した
薄い空気断層──
イリーナは更に空気断層を展開する力を強める。その力を受けて、空気断層は瞬時に厚みを増していく。
ごう、と風の音が鳴り響き始める。
この厚さなら、手榴弾であろうと貫通することはできない。
だが、
(…………?)
その手榴弾は地面を転がったまま、一向に爆発する気配がなかった。
「これは……」
イリーナは冷静に、目の前の手榴弾を見つめた──不発だったのだろうか。
イリーナは微かに笑みを浮かべた。苦し紛れの選択にしては悪くはないが、所詮は無駄な足掻きだった。起死回生の切り札であろう手榴弾は不発──次に同じ攻撃を仕掛けてきても、その時には容易に対応出来る。
(貴方の負けよ、如月大河……)
しかし、心の何処かに拭いきれない違和感が残る。
この感覚は──
イリーナはもう一度手榴弾に向いていた視線を大河が立っていた場所に戻した。
しかし、既にそこに大河の姿は無かった。代わりに、置き土産のように置かれた筒状の物体──突如そこから溢れ出した濃密な煙が、イリーナの視界を覆い隠す。
「くっ……」
一体、何が──イリーナは狭くなりつつある視界の中、如月大河の姿を探し続ける。
その間にも、目の前を白煙が覆っていく。数秒もしないうちに、視界はほとんどなくなってしまった。
(風で吹き飛ばすか? ダメだ、能力の種類が相手に分かってしまう……)
どうする──逡巡するイリーナの耳に響いたのは、如月大河の笑い声だった。
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