SideOps1 米軍、中東にて

「クソッ、どうなってる!」

 ハリー・シュミット曹長は目の前の惨状に叫んだ。

 血溜まりに伏せたまま動かなくなった仲間。インカムに流れてくる通信は悲鳴と絶叫。部隊は分断され、各個撃破されつつあった。

 情報の少ない、敵施設内部での戦闘。

 だがそれを差し引いても、この現状は酷すぎる。

 シュミットは自問する。世界最強であるはずの部隊我々が、何故こんな場所で死ななければならないのだ?

『化け物どもが何体も居やがる! 畜生、銃が、ライフルHK416の弾が弾かれ──』

 絶叫と共に、仲間からの通信は途絶えた。

 一体これで何人殺された? 

 シュミットが所属する部隊はDEVGRU──統合軍直属の特殊部隊だった。

 装備は潤沢で、全員が高度な教育と訓練を受けている。 

 その我々が、こうも一方的に殺されている──それはシュミットにとって、悪夢以外の何物でもなかった。

「シュミット曹長!」

 背後から呼び掛けられて、シュミットは振り返った。

 背後には部下の姿──彼も先程の戦闘で負傷して、足を引きずっている。

「曹長、撤退すべきです! 我々が保有するギフトがやられた以上、これ以上の戦闘は──」

 シュミットの名を呼んだ部下の言葉は、そこで途切れた。

「おい、どうした!?」

 シュミットがその部下に駆け寄ろうと、一歩踏み出した瞬間、

「ガッ、ァ……!?」

 部下の口から、

「なっ──」

 絶句するシュミット。部下の身体が地面に倒れ込んだ。

 その背後から、ゆっくりと男が現れる。

「我々が保有するギフト、ねえ? 

 突然現れた男の言葉に、シュミットは言葉を失った。

 

 事前のブリーフィングでは先行したギフトによる部隊が敵のギフトを制圧、もしくは足止めしている間に、シュミットたちの部隊が敵の主要施設を制圧する手はずになっていたのだ。

 その先行するはずのギフト部隊が、裏切っていたのだとしたら──シュミットの頭の中を、死んでいった部下たちの顔が過った。

「クソッ!」

 シュミットは悪態を吐きながら、手にしていたライフルを男に向けて構える。

 男はまだ若かった。二十才程だろう。東洋系の掘り深い顔立ち。その男の頬には大きな傷跡が刻まれていた。

 スカルフェイス──シュミットの脳裏に、作戦前のブリーフィングが蘇る。

『奴との戦闘は避けろ。現状の装備では、奴の能力には対抗できない──』

 頬から吹き出てきた汗が伝っていく。歯の性根が合わない。

 咥えていた煙草を、血溜まりに放り投げて男は笑った。

も、所詮はこの程度か。結局、あんたらはギフトを取り上げられれば何も出来ないんだな」

「ふざ、けるなっ!!」

 叫びながらシュミットはライフルの引き金を引いた。

 5.56mm弾が撒き散らす鉄の暴風。フルオートで吐き出された銃弾は、男へと襲いかかる。男までの距離は僅かに三十メートル。この距離から放たれた銃弾をかわすことは不可能だ。

 銃弾を撃ち尽くしたライフルの引き金が、カチ、カチとと音を立てる。

「そんな、馬鹿なっ……!」

 シュミットの目の前に、男が何くわぬ顔をして立っている。

 あれほどの銃弾を浴びたというのに、男は傷一つ負っていなかった。

「もう終わりか、兄弟ブロ?」

 男が一歩ずつゆっくりと、シュミットへ歩み寄ってくる。 

 まるで街で偶然会った知り合いに、片手を挙げて近づいてくるような気軽さで。

「ガッデム!」

 まるで安っぽいホラー映画だ──普通なら、あれだけの銃弾を浴びた人間が立っていられるはずがない。だが男は、ただの傷一つ負っていないのだ。

 男は更に近づいてくる。もう弾倉交換リロードは間に合わない。シュミットはライフルを放り出し、腰のホルスターから拳銃を引き抜いた。

 初弾は既に装填されている。男はもうシュミットの目の前まで近づいていた。

「死ね、化け物が──」

「いや、

 引き金を引いた瞬間、シュミットの体に強い衝撃が奔った。

 弾かれたように床に転がったシュミットは、咳き込んで喘いだ。

「一体、何が起きた……!?」

 自分の身体を見下ろしたシュミットは目を見開いた。ボディーアーマーに銃弾が突き刺さっている。男は何も持っていなかった。

 ということは、つまり自分で撃った銃弾が、ボディーアーマーに──

「じゃあな、兄弟」

 そう告げた男の周囲には、何発もの弾丸が浮かんでいた。

 まるで重力などと関係ないとでも言うように。

 そして一斉に、銃弾の先端がシュミットを向く。

 それが彼の見た最後の光景となった。



 そこらかしこに兵士たちの遺体が転がっている。周囲には血の臭いが深く立ち込めていた。

 男が一人、縁石に腰掛けながら煙草を吹かしていた。その男の顔には何本もの傷跡が刻まれている。

 その背後から、彼に近寄る影があった。

「米軍は撤退したようだよ、クロウ」

 クロウと呼ばれた男は、煙草を放り捨てた。血塗れの床に落ちたタバコが、ジュッと音を立てて消える。

 クロウの背後から現れたのは、一人の少年だった。

 北欧系の顔立ちに、くすんだ赤髪。少年の容姿は、男であるクロウが息を飲むほどに美しかった。

 だがあまりにも整ったその容姿からは、血の巡りが感じられない。

「でしょうね。あれだけの損害を出して撤退しなきゃ、そいつらはイカれてる」

「こちらも少なくない痛手だ。三人失った」

特殊部隊DEVGRU一個中隊と引き換えなら上出来です。相手はだ」

「だろうね、だがここはもうダメだ。思ったより補足されるのが早かった。監視衛星っていうのは面倒だね。そのうち撃ち落とさないと」

 少年は部屋の掃除でも、といった気軽さでそんなことを言った。

「では、次はどこに?」

「僕のところに増援要請が来てる。少し遠いけど、

 そう言って少年は、クロウに地図を放った。

 クロウが目を通すと、ある島国に赤く円が描かれていた。

「次の部隊は日本だ」

「了解、指導者マスター」 

 笑いながらクロウは立ち上がった。次の舞台は整っている。


 


 

 

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