今そこにある危機
昼下がり。三木谷に報告を終えた大河は、食堂へと足を運んでいた。
食堂は校内で一つだけということもあってかなり広い。白を基調としたデザインは開放感を感じさせるが、窓は無い。
それはこの施設が地下に設置されているからだった。地上にあるのは外向けの校舎だけで、ASAの施設──模擬戦場やトレーニング施設は全て地下に隠されている。これも外部から察知されるのを防ぐ為の工作だ。
大河はのんびりと食堂の中を眺めながら、注文したカレーを口に運んだ。
口の中に広がっていく芳醇な香り。濃厚なルウが絡み合い、スパイスの複雑な味わいが大河の舌を刺激する。
「んむっ……」
相変わらず旨い。
だが──絶対的に辛さが足りない。
他の食べ物なら別に構わないが、カレーとだけは辛い物に限る。この食堂のカレーは和風の味付けで、それはそれで奥深い味わいなのだが、辛さが足りないことだけが不満点だ。
さて、どうしたものか。
七味を入れてもいいし、タバスコも悪くない。わさび……は流石に無いか。
そんなことを考えながら、大河がカレーとにらめっこしていると、
「おい大河、聞いたか?」
強張った声が、大河の名前を呼んだ。
「ん?」
大河は口に運ぼうとしていたスプーンを止め、声の主──ハルキの顔を見る。
どうやらハルキも昼食を摂りに来ていたようだ。大河は開いている席を彼に勧める。
「おう、悪いな」
そう言ってハルキは大河の隣に座った。
彼にしては珍しく、真剣な面持ちを浮かべている。
「やばくねえか、マジでよ」
「一体なんの話だよ?」
彼が何の話をしているのか、大河にはさっぱりわからなかった。
「聞いてねえのか? 後ろ見てみろ」
そう言ってハルキは、大河の背後へ視線を向ける。
一体何なんだ──そう思いつつも、大河はハルキに促されるまま振り返った。
食堂の中央に設置された大型ディスプレイに、何故か人だかりが出来ている。
その人垣の隙間から、ディスプレイに映されているニュースの映像が目に入った。生真面目そうなキャスターが、神妙な顔をして何かを伝えている。周囲の話し声で、その内容はほとんど聞き取れなかった。
そのニューステロップには『高校生の行方不明相次ぐ』とだけ書かれていた。
「アレがどうしたんだ?」
大河は尋ねる。
高校生の失踪など、このご時世には特段珍しい話ではない。大体がギフト刈りの業者に捕まっているか、もしくは既に売り飛ばされているかといったところだ。
「マジで知らねえのかよ……ちょっと耳貸せ」
「はぁ? 一体なんなん──」
「いいから!」
ハルキの真剣な声音に若干気圧されながら、大河は彼の口元に耳を近づける。
ハルキがこれほど真剣な表情を浮かべているのを見たのは久しぶりだ。
何かがあった──彼を焦らせる程の事態。
ハルキは視線を気にするように周囲を見回してから、大河の耳元に口元を寄せた。
「……いいか、今テレビでやってるあの事件だが、敵が関わっているらしい」
「敵?」
「詳しいことはわからん。けど、ASAの工作員が何人か殺られたらしいぜ」
大河ははっと息を呑んだ。
驚きを隠し切れずに、思わず表情に出してしまっているのが自覚出来る。
ASAの工作員が殺られた?
道理でハルキがこの話をコソコソと伝えてきた訳だ、と大河は納得する。
ASAの誰が殺られたかわからない以上は、あまり広めるべき話ではない。周囲の生徒たちが騒いでいることからも噂が広まっているのは間違いないが、どの部隊が殺られたのかすらわからない以上は、大手を振って話すべき内容ではないだろう。
大河はハルキの耳元に口を寄せた。
「……殺られたのはどこの部隊だ?」
「一応諜報部ってことになってる。だが、噂では戦闘部隊も一部損害を受けたらしい」
「……なんてこった」
大河はスプーンを皿に置いて、息を吐いた。もうのんびりと食事を摂るつもりにはなれなかった。
ASAの工作員は、その殆どがギフトだ。諜報部に所属するギフトたちの能力は戦闘向きでないとはいえ、彼らはそのような事態に陥った時、生還する為の訓練を受けている。
諜報員が敵の手に渡れば、それは組織の内面を洗いざらいさらけ出すことになりかねないからだ。
その彼らが殺された──そんなことが出来る敵が、日本国内に居るという事実。
「……俺たちの休暇は初日で終わりかもな」
苦笑いを浮かべながらハルキはそんなことを言った。
──そして事実、事態はハルキが言った通りに動いていった。
いや、それよりも悪いかもしれない──
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます