第3話 作者が燃やすことを推奨する単行本が本当に燃えた
カレー沢薫という人気漫画家がいる。閨秀作家らしい繊細な言語感覚を持ち、その活躍は漫画からエッセイへと多岐に渡る。
彼女の作品を初めて見たのは、仕事で出向いた多摩美術大学美術館においてであった。
カレー沢氏は東京都写真美術館の広報を担当しており、広報誌の別冊版として「ニァイズ」という漫画を描いている。美術館や博物館というのは横の繋がりが強く、美術館であれば他館のチラシを置く専門のスペースがあるもので、洋画や日本画の特別展のチラシの中に、彼女の漫画は異彩を放って置かれていた。
最初は動揺しながら手に取ったが、読んで見るとこれが非常に面白く、しかも東京都写真美術館のことが良くわかる内容である。すっかりその日の内に東京都写真美術館とカレー沢氏のファンになり、写真美術館に赴くばかりでなく、氏の単行本も購入するようになった。
『ニァイズ』の原作である『クレムリン』に始まり、『アンモラルカスタマイズ』、『国家の猫ムラヤマ』、『ブスだけどマカロン作るよ』、『バイトのコーメイくん』、『ニコニコはんしょくアクマ』などを購入し、その中でも特に好きな『ニァイズ』と『クレムリン』を、当時はまだ実家に暮らしていた兄と感想を交換するべく実家に送った。
私と好みが似る兄はこの二作品、特に『ニァイズ』を気に入ったので、私はこの二つの作品を半ば漫画図書室となっていた実家の自室に置いておくことにした。手元に面白い漫画があると集中力が削がれるという理由も多いにあった。
それほどこの二作には熱中していたのである。氏の作品群を対象にした人気投票が実施された際には、初めて漫画の人気投票に参加したくらいの傾倒ぶりであった(福原義春と迷ったがジョセフ・クーデルカ〈ヨゼフ・コウデルカ〉に投票した)。
そして、前述した火事がおきた。2016年1月9日実家にある本は全て被災した。
しばらくの間、燃えてしまった一作品一作品を思い出して悲嘆に暮れてしいたが、なんとか気を紛らわすべく色々な事を試みた。そこで思い出したのが、カレー沢氏のTwitterであった。自分で呟いたりするわけではないが、サービス精神旺盛な作家のTwitterは時たま覗いていた。特にカレー沢氏は、広報活動やファンとの交流も活発な作者である。少しは明るい気分になれるかもしれないと思ったのである。
しかし、覗いてみて思い出した。カレー沢氏は冗談であるが、自作を購入したら「読まなくていい燃やしてくれ」という発言を繰り返す作家であった。彼女のファンもその言葉を歓迎し軽快に「単行本を購入して燃やします」などと返すのである。
それが作者とファンの間で交わされる「お約束」であることは重々承知している。実際にカレー沢氏の単行本が燃えてしまうまで、実際、私はこの発言について深く考えることはしなかった。
だが、実際に燃えてしまったあとでは、この発言を看過することはできなくなった。Twitterを見ないようになり、無残な最期を遂げた二作品を思い出さないようカレー沢氏の他作品を処分することにした。
作者推奨の燃やして処分はできないのでブックオフに出向いた。
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