第五話 The future beyond the effort


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土日の自習室学習は、思っていた以上に大変だった。

まず、声を出して質問が出来ない。というか自習室内は私語厳禁なので、ペンを落とす音すらも煩わしいらしく、もし何か落とそうものならみんなの視線がその一点に突き刺さる。

そんな中で秋人に質問するなど出来るはずも無く、結局自習室で勉強したのは土曜日の午前中だけだ。その他は結局秋人の教室へ行った。予想通り誰もいない上に、鍵も開いて解放されていたのでありがたく使わせてもらった。

勉強内容は主に国語と英語だった。

英語は前にも言ったが二種類の科目がある。

文法系統の問題が中心のWriting。長文読解が中心のReading。

Writingに関していえば、宏一に言われたやり方や河霧さんに言われた覚え方をうまい具合に融合させて学習していたので、それなりに形になっていた。というか、Writingのテキストの問題集を4周くらいしたのでほぼ、間違えなくなった。もちろん解答だけ覚えるみたいなことはしていませんよ?

なので土曜日は主にReadingをやった。

秋人が出そうな接続詞や表現、和訳問題などを予想したプリントを自作してくれたのだ。こいつはこういうところで手を抜かない。それがこの場合はとてもありがたい。

ただ、それだけやっても、予想が当たらない部分もあるので、とりあえずは全部を訳せるようにした。元々英語だって苦手じゃない。中学校までの英語は出来る方なので、それほど苦労はしなかった。

日曜日は国語だ。

これが大変で、とにかく課題から文章が出るのでそれの付随問題をひたすら覚えた。現代文は得意だし、もともと赤点どころか平均点はいつも取っているのでそれほどの心配は秋人もしていないのだろう。

問題は古典だ。

古典も苦手ではないが、なにしろ範囲が広い。

いつもは出題される文章を読まず、テスト本番で初めて見るといった舐めプをしていたのだが、今回はそうもいかない。事前にテキストを読んで一度目を通し、訳せるようにした。これが本当に拷問なんじゃないか、と思うほどに大変だった。

一応付随問題も解けるようになったので、あとは文法問題を完璧にすればいい。とのことでお馴染み秋人特製のプリントを手渡された。

残り時間で地理や生物を覚えたりしたが、ここは勝負に関係ないので流した。本番前の15分で覚えろとのご達し。絶対無理な奴や。

こんな感じで、俺達の1日25時間勉強会は幕を閉じた。



いやぁ、死ぬかと思いましたよ。

本当にね?朝の9時に学校に行ってね?夜の6時までぶっ続けで勉強だよ?

きついのなんのって。


「おーい春也―。生きてるかー」

「いぃいいきてぇぇるよぉおおぉ」

「あぁ、これ多分ダメな奴だ。ほら、疲れた時には甘いものだ。チョコ食えチョコ」


教室で突っ伏していると、宏一がチョコを差し出してきた。何お前。いつの間にチョコを携帯するような高い女子力を有するようになったん?俺哀しいよ?そんな遠くに行っちゃって。


「さんきゅ」

「しっかしお前、かなり頑張ってるみたいだな。授業で配られる対策プリントも大体出来るようになってるじゃん。まじでいい点数取れるんじゃね?」

「そのために頑張ってるんだから、取れなかったら号泣もんだよな」

「確かに」


くくっと喉を鳴らす宏一。俺もははっと力無い笑い声を漏らした。

ところで口の中のチョコ苦いんだけど、何でビターチョコ?


「これは明日のテストは期待できるんかな?」

「まぁテスト日程に合わせて、ペース配分組んでるからな。まずは明日の基礎数学とReadingを仕留める」

「おぉ…気合十分じゃないの、いいねぇ!その調子だ!」

「ところで宏一はどうなの?」

「俺か?相変わらず数学は手を付けてないぜ!」

「…よくそれで追試とか補修引っかからないよな…」


宏一は勉強しないが効率はいいので、上手いこと授業で吸収しているのだろう。その能力が今ほど羨ましいと思う時はないな。

土日が過ぎて、昨日の月曜日には、授業のあった数学と古典で対策プリントみたいのが配られたから、追加で勉強…というか復習ができた。しかもそこでそれなりに解けたから自信にも繋がった。そこは嬉しい誤算だったよ。


「何だったら春也。俺と英語で勝負するか?」

「宏一と?やだよ、流石に学年TOP5には勝てないって」

「そうか?じゃあ数学でやるか?」

「それはいつもやってるじゃん」

「でも今回はお前がどれだけ伸びたかが気になる回だからな。そうすることで俺のモチベも上がる上がる!」

「今更過ぎねぇ?」


テストは明日からだぞ?

今日は火曜だぞ?絶対口だけだろこいつ。


「まぁ楽しみにしとくよ」

「お前答え適当過ぎんぞ!もうちょっと興味を抱け!興味が無いってことはなぁ…成長を自ら止めるようなものなんだぞ!」

「なにちょっといいこと言ってんだお前…」


まぁいつもの宏一だから、一々反応してたら体がもたない。スルーだスルー。


「にしても前日の昼休みだってのに、昨日までのお前はどうした?いつも勉強してたじゃねぇか」

「あぁそれ?今日は明日の科目に絞って勉強するからいいんだよ。基礎数学とReadingは秋人からプリント貰ってるからそれを後で復習するし。昼休みみたいな短時間でやるのはWritingとか漢字くらいなもんだ」

「ふ~ん、そういうもんかねぇ」


ズーっと紙パックを飲む宏一だが、こいつもこいつで、チョコしか食ってなくね?昼飯がチョコとヴァ〇ホーテンって、糖尿病まっしぐらな食事だな。甘くて口の中大変だろうに。


「俺としては現代文でどうやったら点が取れるのか教えてほしいくらいだけどなぁ」

「ん~、現代文ほどセンスが出るやつも無い気がするけど…出来るやつは何もしなくても点取るし、出来ないやつはどれだけやっても平均点止まり」

「世知辛いなぁ、俺は後者なんだよなぁ~」


宏一は文系の癖に国語が出来ないのが悩みらしい。

別にお前は英語っていう得意科目があるんだからいいじゃないか…って思うけど。


「国語なんかやらなくてもいいじゃんかよーあんな答えが一つじゃないやつ大嫌いだわぁ」

「お前それ理系の奴の考え方じゃね?理系にでも行ったら?」

「絶対ヤダ。数学とか物理とか化学とかあんな凶悪な科目と目も合わせたくない」

「生物はやるんだけどな」

「生物はまだいいじゃんか。覚えりゃいいんだから」

「生物って暗記科目なのかなぁ…」


どうなのだろう。そもそも暗記科目なんてないと思うけど…

地理とか社会だって、槌谷(社会科目がめっちゃできるクラスメイト)に聞いた話だと、流れで覚えるのが大事、ヒストリーはストーリーで覚える、とかなんとか言ってた。それって暗記じゃないの?それとも暗記と流れで覚えることは違うの?

くそっ、わけ分からなくなってきた。後で槌谷を責めに行こう。


「そういや主要三科目で勝負するんだろ?他の科目ってどうした?」

「手つかずの状態だけど?」

「よっし決めた。地理で俺と勝負しようぜ!」

「やだ」

「なんでだよ!?」

「勝てない戦はしたくないし…」

「このチキンが!勝つしかない戦の何が楽しいんだよ!ギリギリを楽しめよ!」

「じゃあお前、俺と国語勝負するか?」

「絶対ヤダ、負けるから」

「お前…」


こうまで綺麗に手のひら返す人間は未だかつて見たことが無いな…


「まぁそういうことで、お前はいつも通り頑張っとけ。どちらかというと俺の方が大変なんだから」

「まぁなー、お前は賭けしてるんだもんな」

「賭けじゃないけど…まぁ似たようなもんか」

「やっぱそのために頑張ってる感じ?ねぇねぇ」

「うざったいなぁ。むしろそのペナルティを受けないためにやってる感はあるけど…」

「何だ、楽しんでないのか。お前」

「楽しむ?いやぁ辛すぎてそんな余裕ないって」

「ダメだなぁ春也。何事もまじめにやってる奴より楽しんでる奴の方が大成するんだぜ?もっと楽しめよ」

「いや、別に大成しなくてもいいし…」

「ホントにつまんない人間だなお前は!」


宏一に罵られながらも、それを無視して食べ終わった昼飯をカバンにしまう。

しまいながら、宏一の言った言葉をもう一度頭の中で反芻する。


【もっと楽しめよ】


楽しむ…ねぇ。

秋人、アキちゃんはともかく、梶は今楽しいんだろうか。

頭に浮かんできた考えは、いくらか質量を持ったように動かず、しばらく俺の中に留まった。






テスト前日、火曜日の授業が全て終わった。あとは明日から三日間のテストのみ。

今日は秋人と最後の確認をして終わりの予定だ。

だが所詮、予定は未定。

いつものように部室が梶の缶詰会場なので、秋人の教室で勉強していたのだが…


「うん。大分形になったな」

「まぁね。そこは俺も何となく感じてる」


最後、ということで明日の基礎数学とReadingを極めていたがその二つは我ながらかなりできるようになったと思う。ホントに極めたんじゃないか?くらいには感じるね。


「じゃあ春也、明日以降のテストの順番言えるか?」

「あれでしょ?明日が基礎とReading、明後日が国語総合と生物基礎、最後にWritingと応用と地理」

「なんだ、分かってるじゃないか」

「一応順番は秋人に言われてたからね」


今回、現代文と古典は合体して“国語総合”という形になっている。まぁ中身は同じで、現代文と古典が合わさっただけなのだが。

二つが合体しているのでもちろん200点満点だ。二つを分けられるよりはこっちの方が楽でいい…のかな?やってみないと分からないな。

最後のテストが地理なのは幸か不幸か、どうでもいいので俺の本番は最終日の昼前までだ。

目指すべき目標が見えてくるっていいことだね。


「明日は午前中で終わるからな。午後は国語の勉強するぞ」

「最初からそのつもりだよ」

「…お前、ホントに春也だよな?」

「失礼な。365度どこから見ても春也だろ」

「5度多いぞ。やっぱり春也だな」

「うっ…」


いや、今のは言葉の綾で…


「っし…今日はもうこんなもんでいいか」

「え?もういいの?」

「言っただろ?今日は確認程度だって。前日に詰め込み過ぎてパンクされても困るからな。その辺の管理もやってたんだからな」

「まじか…」


そんなコンディションのことまで考えていてくれたとは…秋人にはホントに頭が上がらないな。


「そこで…だ」

「なに?」

「部室に行かないか?」


部室、前述したように今は梶が缶詰になって頑張っているはずだ。

今までは敵情を全く仕入れていなかったので、どんな勉強をしているか分からなかったが…


「邪魔でもするの?」

「そうじゃない。挨拶代わり…といったところだ」

「同じ意味じゃね?」


つまりは敵情視察なのだろう。ま、要するに邪魔ですね。

実のところ、梶がどんな感じなのか気にはなっていた。

なので、今回の秋人の提案には特に反対する箇所が見つからない。つーか大賛成。


「でも確かにあの二人がどんな勉強してるのか気になるからなぁ。行ってみようよ」

「じゃ、決まりだな」


という訳で、約一週間ぶりに我らが部室に行くことになった。

うちでの勉強会での惨事から早一週間。あれからどうなったのだろうか。





「いやぁ、実際久しぶりだよね、部室行くのも」


鞄を持ち、階段を秋人と二人で降りていく。

時間も時間なので、そんなに人は見られないのかな、とか思っていたがテスト前日になるとそんなことは無いらしく、自習室あたりからは意外と人の気配がする。

他教室にもちらほら人いたし、みんな明日のテストに向けて最後の追い込みに忙しいのだろう。


「そうだな、お前の家で勉強会した時以来だからもう一週間以上行ってないことになるのか」

「これまでは毎日行ってたもんね。もはや懐かしいんだけど」

「そうか?」


二人で他愛のない会話をしていると、かつては毎日通っていたあの空き教室が見えてきた。窓から光が漏れているのを見るに、まだあの二人は勉強中なのだろう。


「で、どうする?どうやって入る?」

「どうやって入るって…俺らの部室でもあるんだからそんなに躊躇すんなよ…」


そうは言っても、一週間も行ってないと別の空間になってしまったように感じてしまい、入るのを躊躇ってしまう。

中で二人が勉強中っていうのも入りづらさを助長している。


「ねぇ秋人、先に入ってよ」

「なんでだよ」

「いやこっちがなんでだよ!?何で断るんだよ!」

「めんどくさいだろ?扉開けるの」

「ここに来ようって言ったのはお前だよな!?」


なぜそんなに嫌そうな顔をされなければならないのか、納得がいかない。


「わかった、じゃあジャンケンしよう」

「だからお前とジャンケンなんかしたくないわっ!どうせ負けるんだから!」

「はい最初はグー…」

「お、俺は出さねぇぞ!絶対にっ!」

「…出さなきゃ負けよー、ジャンケン…」

「な!?ずるいぞ!」


まずい。ここで出さなければ負けてしまう!どうする、出すか。それしかない!

よし、グーだ。俺はグーを出すぞぉぉぉぉ!


「「ポン」」


結果は俺がチョキで秋人はグーだった。


「なぜだぁあぁあぁぁぁぁぁあぁああああ!」

「ほんっとに学ばないよなぁ、お前」


やっぱりこいつにはジャンケンでは勝てっこないのだ。出す手が分かるって、なにそれ何キング?


「じゃあ春也が突撃して来いよ?あとついでだから何か面白いことを言いながら入れ」

「無慈悲過ぎない?」

「嫌ならもっとすごいことをやらせてもいいんだが…」

「分かったよ!やればいいんでしょ!」

「…お前って本当に乗せやすいよなぁ」


秋人が何か残念なものを見る目で見つめてくるが、そんなものはどうでもいい。

面白い事でしょ?分かったよやりますよ。

覚悟しとけよ…梶とアキちゃん…!


~梶side~


「…外であの二人は何やってるんでしょう…?」

「さぁ…?」


亜紀が言っているのは、外にちらちら見える牧野と小見川のことだろう。あの二人、もしかしてこっちに見えてないって思ってるのかな?

確かに入り口のドアは閉まってるから見えないとは思う。

でもそのドアのすりガラスに映っているのだから丸わかりなのだ。

牧野はともかくとしても、きっと小見川はこっちが気付いていることに気付いているはずだろう。


「多分、牧野君をからかって小見川くんが面白がっているんでしょうね」

「あ、そういうことか」


ドアの前ですりガラス越しに牧野がフラフラしているのが分かる。入りあぐねているのだろうか。


「まぁ小見川くんのことですから、こちらの視察にでも来たってところでしょうか」

「そうなの?」

「小見川くんですから、きっと敵情は知っておきたいはずです」

「ほえ~…何でそんなに分かるの?亜紀」

「あたしならそうするからです」

「なるほど…」


亜紀は本当に頭が回る。きっと作戦とか組ませたら凄いんだろうな、って思う。

とかなんとか考えていると、入り口付近でもじもじしていた牧野が決心がついたそうで、深呼吸をしている。

入るのか?この教室に。

筆箱は既にしまってある。つまりもう帰るところだというのに。

そんな事を知る由も無く、扉の前の馬鹿は行動に出た。


「たぁのもぉおぉぉおお!」


バァン!と勢いよくドアを開けて発した言葉のトーンとは裏腹に、その後の空間は居たたまれないほどの沈黙に包まれてしまった。

面白い。この馬鹿は本当に面白い。そしてこいつを負かす日が近いことも。




「で、なんであんなことしたの?」

「全部小見川秋人って奴の仕業なんだ」

「お前がじゃんけんで負けたのが悪いんだろ?」

「小見川くんにジャンケンで勝てっていうのが無理な話ですよ~」


久しぶりに部室で集合した俺達四人。

これまで見慣れて飽き飽きしていたはずの空き教室が、不思議と今日は居心地がいい。

やはりここは俺の第二の家となっているのかもしれない。俺の中で。無いか。


「で、牧野と小見川は何しに来たの?もう私たち帰るところだったんだけど」

「え?そうなの?」

「えぇ。今日は軽い確認だけでしたし。小見川くんたちもそうでしょう?」


もう本当にアキちゃんにはすべて見透かされている気がして怖いんだけど。

秋人かよってくらい読まれててちょっとどうしたらいいかよくわからない。


「まぁ確かに今日は前日だからな。そんなに根詰めずに軽くやらせておいた。明日の自信につながるように簡単な問題も解かせたりな」

「え、秋人そんな配慮もしてたの?」

「当たり前だろ。前日に難しい問題解かせて意気消沈されても困るんだよ」

「なるほど…」


やはり教える側の人はそれなりに教わる側の配慮をするものなのだろう。きっとアキちゃんも同じ感じにやってたのだろうか。


「で、私たちもう帰るけど…二人はどうするの?」


鞄を背負って梶が立ち上がった。

それを追うようにアキちゃんも。


「そうだな、実際今日はお前らへの宣戦布告、いや、勝利宣言しに来ただけだ」

「え?秋人そうだったの?」

「…なんでアンタらは意思の疎通が出来ていないのよ…」


だって秋人が何も言ってくれないんだもの。


「それよりも…勝利宣言…ですか」


アキちゃんが秋人の言葉を繰り返す。


「そんなに自信があるんですか?」


ニヤニヤしながらアキちゃんが言い放つ。

チラと視線を横に流すとそこには梶も悪い笑顔をしていた。


「ふ~ん。牧野の癖に、そんなに自信があるんだ」

「そうですね、今の陽夏ちゃんに牧野君が勝てるとでも?」


「ほう…凄い自信だな」

「そうだね、梶の癖に」


俺と秋人は座っていた椅子から立ち上がり、俺は梶を、秋人はアキちゃんを前にする。

秋人とアキちゃんはともかくとしても、俺と梶は身長差が30㎝ほどもある。その二人が並ぶと当然のことながら、俺は見下す形になる。


「おい梶、今回は覚悟しておけよ…!」


見下す俺を前にして、梶は俺を睨み付け、可愛く言うと上目遣いで言う。


「ふふ、悪いことは言わないからさ、負けた時の言い訳考えておきなよ」


何も本心から言っているわけではない。これで自分自身を鼓舞しているのだ。こんなに貶した相手には負けるわけにはいかないと。梶は知らんが。

ただ、隣で凄い言い合いをしていた秋人とアキちゃんはどうなのだろうか、あまり考えたくはないが、二人ともニヤニヤしているので本心ではないのだろう。


「ふん、帰るぞ春也」

「帰りますよ陽夏ちゃん」


まるで示し合わせたかのように同じことを言う二人に思わず、俺と梶は噴き出してしまった。

だが、明日からが本番だ。

明日でこれまでの成果を発揮しなければならないのだ。

隣を見る。

そこには俺の肩より低い頭が見える。

覚悟しておけよ、梶。お前は俺が負かしてやるからな。






テスト初日、まずは数学基礎だ。昨日までの勉強によってかなり力がついたらしく、これまでとは比べ物にならない程にスラスラ解くことが出来た。やべぇ、どこぞの塾よろしく、手が脳に追いつかねぇって感じの状態だ。

ただ、基礎とは言っても最終二問くらいは応用問題じゃないか?ってくらいの問題もちらほら見える。そんなのは余裕があったらでいいので、とにかくそこ以外の問題を確実にとる。これは秋人から言われたことだ。取れない問題より取れる問題を確実に。

ただ…


(やっぱり確立は苦手だな…)


確立分野でちょい分からない問題がある。そこを考えているが地味に分からなくて少し凹みながら、数学基礎は時間切れとなった。




二限はReading。このテストはリスニングもあるのでそれ次第でもある。配点を見たら20点だったので、あまり間違えられないな、などと考えた。

案の定、微妙に分からないので文章問題で挽回に回る。

やはり秋人の言っていた通り、前置詞やイディオムの穴埋め問題が多かった。これは対策していたのでかなりできたと思う。

約問題などは、国語が苦手ではない俺にとってはそれほど苦ではないが、たまに単語が飛ぶと訳せないので予想で書いておく。


(これはそれなりには…いいんじゃないか?)


そう思うほどには自信があった。




テスト二日目、まずは国語総合。現代文と古典が合わさった科目で200点満点のテストらしく、テスト時間が通常の一時間ではなく、90分らしい。時間があるように思えるが、本当は一時間でやるテストが二つになっているので、本来は2時間にするべきじゃ?とか思ったりしたので、気持ち早めに解いた。まぁ国語は焦った所で何も生まないので、冷静に、迅速に問題を解く。

やっぱり現代文は時間がかかった。が、40分残して古典に入ったので大分余裕がある。

ゆっくりと、確実に。

よし、いつも通り出来た。あとは見直すだけだ。




二限は生物基礎なので流しておいた。ヤバい超テキトー。30点行けばいいかな、くらいなので国語との落差が激しすぎて逆に凹まなかった。サンキュー。




最終日、今日がヤバいのだ。まずはWriting。これは結局6周くらいしたので余裕。

かなり出来が良いんじゃないか?と余裕をぶちかますくらい。だって初めてだよ、30分でテスト終わるなんて。

ただ、やっぱり教材の中の問題だけではなく、チラホラと応用編の問題があってそれは分からなかった。

でも手ごたえはあった。80点くらいはあるんじゃない?




次が問題の鬼門、数学応用。

ヤバい、さっぱりわからん。

流石に秋人との勉強はここまでは功を奏さなかったようで、二枚ある問題でも、一枚目すらすべて埋められなかった。

二枚目に至ってはもうマジお手上げ。

一応昨日、秋人と一緒に確認はしたんだけど、やっぱり一週間で苦手克服は無理だったっぽい。

文系講座でテスト中だからか、全くペンの動いている音が響いていない。

梶もあまり動いていないようなので、そこは少し安心した。

最後の最後で…微妙だなぁ。




最後の地理はどーでもよかったので流した。うん。20点いけばいいかな。

こうして、俺達の戦いは一先ず幕を閉じた。



そしてすべてのテスト終了後、部室にて。


「「終わったあああーーーーーーっ‼‼‼‼」」


「おう、お疲れ」

「お疲れ様です、陽夏ちゃん」


部室で四人集まり、久しぶりの調子で活動が再開した。

テスト結果が出るのは早くて来週、遅くとも再来週には来るはずだ。特に主要三教科は。


「で、どうだったんだ?テス…」

「「やめて!もうテストの話はしないで!!」」

「お、おう…」


久しぶり、というか恐らく入試以来全く動かしていなかった頭をフル回転させていた一週間だったので、もうとにかくテストなんて言う単語は言いたくも無ければ聞きたくも無い。


「まぁ今日はゆっくりしましょうか」

「そうだね、アキちゃんはいいこと言うなぁ」

「どうせテストが返ってきたら、勝負が再開するんだけどな」

「もう結果待つだけじゃん?もう小見川、そういう話はやめ止め」


机に突っ伏した梶は、手を放り出して、なんか面白い体制になっていた。

そして足をパタパタしていたが一つ気づいたことが。


「あれ、梶お前足届いてないの?床に」

「失礼なっ!?届いてるわよ!!」


ガタッと立ち上がる梶を横目に、俺は背もたれによっかかり、軽く伸びをした。


「…いやぁー、ようやくいつもの日常が戻ってきたなぁー」

「これが普通の高校生活なんだけどな…」


秋人が何か言っているが、こんなのが普通の高校生の生活などと言われたら他の高校生はきっと修羅かドМなのだろう。

こんなのがまだ二年もあるとか死んじゃう。


「お前…受験になったらどうなっちゃうんだよ…」

「それは極力考えないようにしてる」


そんなの絶対に嫌だ。俺はもうゆっくりと過ごしたいだけなのに。

ふと、梶を見ると机に突っ伏していたのはいいのだが、寝息が聞こえる。


「どうやら疲れちゃったようですね」

「仕方ないだろ、ここまでそれなりなプレッシャー背負ってたはずだからな」

「そういえば俺も少し眠いよ…ふぁ…」


やっぱり慣れないことをするとよくないね。疲れちゃってもう、眠くて…


「…そうだな、お前は十分頑張ったよ。今はとにかく休め」

「…秋人が優しい。キモチワルイ…」

「ぶっとばすぞ」


秋人の暴言はスルーしておいて、とにかく眠い。時刻は3時前。ちょうど眠気が出てくる時間帯に加えて、柔らかな日差しが差し込んできて眠気を誘う。

…温かい。


俺の意識はここで途切れた。




「さて、二人とも眠っちゃいましたね」

「あぁ、二人とも頑張ってたからな」

「あたし、知ってますよ。牧野君が休み時間も惜しんで勉強してたって」

「俺も梶がずっと缶詰だったんだからな。どれだけ頑張ったのかなんて想像がつかない」

「…陽夏ちゃん、凄い頑張ってましたよ。少なくとも、あの日からは想像もつかないくらい成長しました。あたし、あの時はホントにどうしたらいいかわからなくて…」

「…そんなの俺だってそうだ。春也がどのレベルなのかなんてあの日知ったんだからな」

「そっちはどうでした?やっぱり壮絶な感じになりましたか?」

「壮絶っていうか、凄惨だったな。最初はどこから手を付けたらいいか分からなくて、本当に大変だった」

「あたしたちもです。本当に大変でした」

「…早かったな、一週間」

「えぇ…でも、とても濃かったです。今までで一番」

「あとは、結果待ちか」

「そうですね…陽夏ちゃん、報われるといいですが」

「春也も、な…」

「でも…やっぱりこの一週間は大変だったけど…


楽しかったな」

「梶はどうだったか分からんけどな」

「ふふ…そうですね。でも、これで、もし結果が悪かったとしても」


「あたしは、あたしたちは知ってますから。彼女の努力を」


「………」

「頑張りましたね、陽夏ちゃん…だから…」

「春也も…頑張ったぞ。俺達は分かってるからな、だから…」


「「今はゆっくり休んで」」




約一週間後、俺と梶は未だテストは地理しか返ってきていない。

生憎、地理は36点だった。因みに宏一は54点、梶は34点だった。とりあえず梶には勝ったのでホッとはしているが、勝負には関係ないので喜べない。宏一には負けたのは普通に悔しいけど、別にどうでもいいのでその場だけの感情だった。

今日は現代文、数学、ReadingとWritingが全部ある日だ。もしかしたら…と思って昨日からそわそわしていた。いつもなら嫌で嫌で仕方ない日だが今日は例外だ。

今日で全てが決まる。

秋人とアキちゃんはもう返ってきているそうだ。まだ点数はお互い見せていないそうだが、秋人の表情を見る限りは、いつも通りだったのだろう。

あとは俺が梶に勝てばいいのだ。

まずは現代文の授業。担当の島崎先生が入ってきた。

その手には多くの紙が。


「ほれ、席につけ。今日はお待ちかねのテストを返すぞ」


やっぱりそうだ。返すのか。梶も目に見えてドキドキ緊張していた。


「じゃあ返すぞー、新井―」


文系講座は各クラスの一番から呼ばれて、最後は7組の最後だ。

つまり俺と梶は6組なので結構後半。このドキドキ、心臓に悪いのでどうにかなりませんか?

とかなんとか思っていると、案外早く回ってきた。


「梶―、頑張ったな」

「…!はいっ!」


梶に答案を渡すときに見せた島崎先生の笑顔が印象的だった。

そしてそれを受け取った時の梶も。

止めて、焦るから。


「…牧野―」

「…はい…!」


名前を呼ばれて立ち上がる。やばい、心臓が飛び出そうだ。

どうしよう、低かったら。名前は書いたよな?解答欄ずらしてないよな?

不安が止まらない。怖い…!


「牧野…何て顔をしているんだ」

「え…?」


どうやら顔に出ていたらしい。

気付くと梶が不安そうな顔で俺を見つめていた。

落ち着け、俺。大丈夫。大丈夫。


「ほら、牧野」

「は…い」


俺は折りたたまれた答案用紙を受け取り、恐る恐る開いた。


「頑張ったな」


目の前の赤ペンの数字と、島崎先生の声で俺の不安は吹き飛んだ。




思っていた通り、残りの教科も全て返ってきた。

全ての科目で点数が跳ね上がっていたので、先生からどうしたんだ、という御達しが届いたがそんなのは気にしていられない。

やはり数学応用がネックだったか。全然できていなかったのが悔しいが、合計すればそれなりに他教科でカバーできるんじゃないか?と思う。

放課後、部室に集合との連絡が入ったので緊張しながら部室へ向かった。梶と。

教室が一緒の梶なので自然と一緒に行くことになる。


「いやぁ返ってきちゃったね」

「だな。でもお前には勝ったと思うぞ?」

「どうだか、私だってかなりできたんだから」


そんな他愛ない話をしながら部室へ向かったが、部室の近くまで来ると、緊張からか二人とも喋れなくなった。

やはり不安なのだ。

でも自分は自分なりのベストを尽くした。

このベストの結果が梶よりも良ければよいのだ。

そしてその結果はもうすでに出ている。

そして、開示される。


「ふぅ~……」

「な、によ牧野。緊張、してりゅの?」

「お前だって、噛んでんじゃねぇか」

「う、うりゅしゃいっ!」


噛み噛みの梶を見て、少し緊張がほぐれた。

深く深呼吸をして、部室のドアの前に立つ。


「…よし…!」


勢いよくドアを開けるとアキちゃん、秋人が既に座っていた。


「遅いぞ、春也、梶」

「緊張するのは分かりますけどね~」


後ろにまとめられた机と椅子から適当に見繕って、俺と梶の分も席が用意されていた。

これならすぐにでも始められそうだ。


「ほら、早く座ってくださいな」

「あ、うん…」

「わかった…」


ドキドキしながら用意された席に着く。俺は秋人の隣、そして梶はアキちゃんの隣でそれぞれ向かい合って座っている。

いよいよ…か。


「揃ったな」


秋人が口を開く。


「じゃあ始めよう」


俺達を見渡して一言を言い放つ。


「結果発表だ」




「まずは俺と冬野だな」

「そうですね」


そういうと、秋人とアキちゃんは鞄からテスト用紙を取り出した。

そして用紙を一つずつ、手に持った。


「まずは国語総合」

「は~い」


秋人が言うとアキちゃんもつられて用紙を机に置く。


小見川秋人 【196】

冬野亜紀 【198】


まずはアキちゃんのリードか。


「残念でしたね、小見川くん」

「くっ、ここからだ」


そういうと秋人は次の教科を指定する。


「数学基礎、応用」

「どうぞ~」


小見川秋人 【200】

冬野亜紀 【200】


「「気持ちわるっ‼‼?」」


二人とも満点て!文系だよね⁉本当に文系なんだよね!?


「ちっ、数学はまた同じか」

「まぁ上限がある以上、この教科で負けはしないですね」


アキちゃんが何か恐ろしいことを口走っていたが聞かなかったことにしよう。


「最後に英語の二つだ」

「ふふっ」


小見川秋人 【Reading 100】【Writing 98】

冬野亜紀 【Reading 97】【Writing 99】


「えっと…秋人が198で、アキちゃんが…196…?」

「あら?負けちゃいました」

「でも素直に喜べないんだよな、冬野の場合、書き間違いとかだから」

「選択肢を読み違えちゃいました~」

「それでこの点数なんだ…」


怖すぎるでしょ、この人たち。

やはり俺達とは格が違うというか、比べることすら烏滸がましいというか。


「まぁそんなことは置いといてだな、俺の合計点は594点だ」

「あら、偶然ですね。あたしも594点です」

「おいおいマジか」


えーと、つまりこれは俺と梶の点数を比べて高かった方の勝ちが決まるということですね。

ってマジか!怖すぎる!


「ふふ、じゃああとは陽夏ちゃんに託しましょうか」


こんな状況でもアキちゃんは余裕をかましていた。

まさかアキちゃん。狙ってその点数とってないよな?アキちゃんなら絶対ないとは言い切れない辺りが怖い。


「よし、じゃあ肝心の二人の点数を開示していこうか」

「…よし!」

「うん!」


秋人の声で気合いが入る。と言ってももう結果は出てるんだけど。


「よし、いくぞ。まずは国語総合」


牧野春也 【146】

梶陽夏 【138】


「よしっ!」

「げっ!」


得意の国語はそれなりな点数を取ることが出来た。

それでも俺はここで梶に20点差ほどつけられると思っていたので、そこは誤算だ。

梶を見ると、すごく悔しそうにしているのが分かる。歯を食いしばって手を震わせている。


「いい調子だな。春也」

「うん。でももうちょっと取れてると思ってたんだけどね」

「まぁそこはしょうがないな。次の科目に行くぞ。次は冬野と話したんだが、先に英語を開示する」

「ん?数学じゃないの?」

「多分数学は最後のが盛り上がるかなってことでな。特に大きな意味は無いんだ」

「そう?まぁいいけど」

「じゃあ英語二つだ」


牧野春也 【Reading 77】【Writing 89】

梶陽夏 【Reading 69】【Writing 81】


「よっしゃ!キタコレ!!」

「やったじゃないか春也!!」


思わず秋人とハイタッチした。流石の秋人もこれには驚きを隠せないらしく、目を見開いていた。


「よくこんなにとれたな…!驚いたぞ」

「ねぇ!俺も凄い驚いた」


男子が盛り上がっている中、女子組は不安を感じたのか静かになっていた。


「ヤバいよ…でも、数学で挽回すれば…!」

「梶!これで決めてやるからな!」

「まだよ!まだ負けないんだから!」


その目には少しばかり涙が浮かんでいた。

少々申し訳ないがこれも勝負。一思いに決めてやる。


「じゃあ最後。数学基礎、応用だ」


牧野春也 【基礎 77】【応用 41】

梶陽夏 【基礎 75】【応用 73】



「…………………え?」

「春也…お前応用…」

「じゃあ合計点を出しましょうか~」


牧野春也 【合計430】+小見川秋人 【合計 594】=1024

梶陽夏 【合計 436】+冬野亜紀 【合計 594】=1030


「男子の合計点が1024点で…」

「女子の合計点が1030点…てことは……」



「か、勝った――――――――――――――――――――!!!!!!!」

「やりましたね、陽夏ちゃん!」


目の前で梶とアキちゃんが立ち上がり、ひしっと抱き合った。

え、負けた…のか?


「負けた…か」


秋人が右手で前髪をクシャと握りしめた。

やはり悔しいのだろう。それも当然だ。だって…


「負けた教科は応用だけなのに…」


数学応用以外はすべて勝っていたのに。その応用の点数が低かったばかりに今回は負けという辛酸を飲むはめになった…のか。


「勝った…よかった、よかったよぉ…!」

「そうですね…頑張りましたね…」


こうして俺たちの勝負はあっけない幕引きとなった。

たった一教科の点数で他の科目差を逆転されてしまった。

俺はまだ、現実味が湧いていない。




「さて、罰ゲームの件ですが…」

「げ、忘れてた」


結果は俺たち男子チームが6点差で負け。負けてしまったが、精一杯頑張った結果だ。悔いはない。悔いはないが、この失敗が後に繋がると信じよう。まだモヤモヤは晴れないから。


「こちらから一つ、陽夏ちゃんからやって欲しいことがあるそうです」


アキちゃんがそう言うと、梶が顔を赤らめて頷いた。

なんだろうか。そういえばマキが何か言っていたような。

梶は勝った後の命令を決めていた。

そしてその命令を、願いを叶えるために頑張ってきた。

それがこの結果だ。

一体、どんな命令を出してくるというのだろうか。


「牧野…こっちに来なさい」

「あ、うん」


俺の名を呼んだ。

俺は梶の前に立つ。

顔を赤らめ、俯いたその顔からは表情は読み取れない。

まぁ俺になら命令はしやすいのだろう。

勝負に負けてしまった以上、仕方あるまい。


「あのね、牧野」

「うん」


梶は口を開く。


「牧野って、亜紀には名前で呼ぶじゃない?」

「?そう、だな」

「小見川も名前じゃない」

「え?お前は何を言って…」

「どうして…」

「え?」


梶は唇をぎゅっと噛みしめ、声高に言った。


「どうして、私は名前じゃないの?」


その顔は恥ずかしさでだろうか。真っ赤に染まっていた。


「私以外は名前で呼ぶのに、私はいつまでも名前で呼んでくれないじゃない」

「いや、それは…」

「だから…これからは、私のことを“陽夏”って、呼んで?」


驚いた。

まさか梶がそんな願いを抱いていたとは。

確かに梶以外はみな名前で呼んでいた。

秋人も、アキちゃんも。

何故梶だけ名前じゃなかったのか。

別に呼びたくなかったわけじゃない。

ただ機会が無かっただけだ。


「それで…いいのか?」

「うん。私も、牧野のこと、“ハル”って呼ぶから」

「は、ハルぅ?」

「何よ?命令に背くの?」

「いや、これで二個目じゃ?」

「…なに?」

「…!わ、わかったよ…」


こわっ。めっちゃにらんできたよ。

しかし、これで命令の全貌が明らかになった。

俺は梶のことを今後“陽夏”と呼び、陽夏は俺のことを“ハル”と呼ぶ。

これで…いいのか?


「あのさ、梶…」

「……ん?」

「……陽夏」

「よろしい、で、何?ハル」

「これでいいのか?」


俺としてはもっとヤバいのを想像していたので、少し拍子抜けしてしまった。

本当にこれでいいのだろうか?


「いいのっ。これで、いいの」


陽夏は優しく微笑んだ。

その笑顔に、不覚にもドキッとしてしまった。


「なんか、全て仕込まれてた気もするんだけどな」

「それは言わない約束ですよ?小見川くん」


秋人とアキちゃんは端で何かを話しているが如何せん遠くて耳に届かない。


「いい?これはもう決定事項なんだから。ちゃんと守るのよ?ハル」

「…しょうがないな。わかったよ。陽夏」


巣坂高校、日常生活研究会の四人が織りなしたひと時の勝負は、このような形で幕を閉じた。

結成から早一年。この勝負を通して、友情が深まったように思える。

幽霊が見える俺。

本音が聞こえる秋人。

答えが分かるアキちゃん。

陽夏の力は知らないけど…

この異能力を有した四人が集まった奇跡は、まだ終わっていないように思えるのだ。


「話は終わったか?二人とも」

「よかったですね、陽夏ちゃん」


秋人とアキちゃんが近寄ってくる。

二人は優しく微笑み、こちらを見つめている。


「じゃあ今日は祝勝会で何か甘いものを食べに行きましょうか。みんなでどうです?」

「お、いいね。俺も小腹がすいてたんだ」

「いいじゃん、いいじゃん!じゃあ代金はハル持ちね!」

「はぁ!?なんで俺が…」

「いいじゃねぇか。俺も半分出してやるから」

「え?秋人も出してくれるの?珍しい…」

「俺も一応負けた身だしな。今日くらいいいさ」

「あらあら~ありがとうございます、小見川くん」

「ありがと!じゃあ行こう!」


三人が鞄を背負って歩き出す。

俺はこれまでのことを想い返していた。

特にこの一週間はとても濃い日々だった。

もっと、こいつらのことを知れた。

楽しかった。純粋に。

次に勝負するなら、絶対に負けないからな。陽夏。


「ほーら!」


俺の前に小さな手が差し出された。


「行くよっ!ハルっ!」


思わず笑みがこぼれた。

こんな日々が、続けば…

そんな益体の無いことを考える。

幽霊が見えるこの眼も。

本音を暴く耳も。

全て見通す頭も。

全てがこの日常を埋める一ページにおけるスパイスなのかもしれない。


「分かったよ、陽夏」


俺は笑いながら、その手を握った。

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異能力Diary Kita @kita2366

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